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レノンの嘘と口づけ(2)

 年嵩の侍女がレノンがいる部屋の扉まで案内してくれて、「では、ご用がありましたら室内のベルを鳴らしてください」と引き上げていった。


「コニー、扉の外で誰かこないか見張っていてほしいの」

「はい、お任せください」と彼女はしっかりと頷いてくれて安心する。

 やっぱりコニーは頼りになる。

 私はこくん、と唾を飲み込むと扉を開けた。


 入ってすぐの部屋は客間で、レノンは窓の側に椅子を置き外を眺めていたみたい。

 彼は私を見て、すごく驚いた顔をしていた。


 ――私も、すごく驚いた。


「いつものレノンじゃない!!」


とつい、声をあげてしまう。


 皺だらけのよれよれのシャツに、薬品がついたズボン。そして市場で買った安物の革靴。

 長い前髪はいつも寝癖がついていて、ピン、と跳ね上がっていた。


 それが前髪は切られたのか、髪は整えられて蒼い瞳がしかと私を見据える。

 糊がきいた清楚な白いシャツに、長めのロングベスト。

 そして、ぴたっとした真新しいズボンは銀のベルト付きのロングブーツにおさめられている。


「ステラ! ……って僕じゃないってどういうこと?」

 ぽかん、とした顔で尋ねられても私、まだ覚醒できません。

「……本当にレノン? どこかの貴公子じゃないの……?」

 レノンの問いなんて全く聞いてない私。

「僕だけど、ああ……。ここに来たら、『こんな格好で王に会わせるわけにはいきません』って侍女頭の人に身ぐるみ剥がされて……」

 ここまで案内してくれた年嵩の女性の方かな?


 私はつかつかと詰め寄り、間近でじぃっとガン見する。

(いけてる顔だと思ってたけど……)

「ふわぁ……」

 と私、思わず抜けた声を出してしまう。

 ドキドキしてしまう。

 こういう感じって初めてオズワルトと会った時以来だ。


 そんな私にレノンは

「僕もそんな格好のステラ、初めて見たよ……綺麗だ」

と賞賛する。

 途端、私の顔が熱くなった。 

「そ、そんなこと、ない……って! めかし込んでいるからってそ、そんな褒めなくてもいいのよ?」

「ううん、綺麗だよ、そのドレスの色もすごくよく似合う」

 うっとりとした眼差しを向けられて、私はどうしていいか分からなくなって思わずドレスをぎゅっと握りしめてしまう。

 いつもと違う環境で、いつもと違う格好で二人――そのせいか、微かな緊張と御伽話の中にいるような気になる。


 静寂の中、舞踏会会場の音楽が僅かに聞こえてくる。

 レノンは椅子から立ち上がると、胸に手をあて私に恭しく頭を垂らした。

「麗しいお嬢さん。一曲、踊っていただけませんか?」

「えっ? ええと……」

「僕とは踊れない?」

「う、ううん……で、でも、私女性側で踊れるかな?」

 そう、男になるべく最近はずっと男性側のダンスを習っていたから。

「大丈夫。僕だって十年以上踊ってないから朧気だし」

 本気で悩んでいる私を見ながらレノンはクスクスと笑う。そうして私に片手を差し伸べる。

「お互い不慣れ同士。ぶつかりながら踊ろうか」

「……ええ」


 差し伸べられた手を取ると引き寄せられるように、音楽に合わせ踊る。

 最初、足と足がぶつかったり、よろめいたり、はたまた転びそうになったりとしたけど、それさえもおかしくて、笑い合いながらステップを踏んでいく。

 ようやくまともに踊れるようになった頃、音楽が終わり私達は一歩離れ互いにお辞儀をした。

「ああ、面白かった」

「これ、会場だと非難ものよ」

と、また笑い合う。

「でも、女性のステラと踊れて良かった。こういうの好きじゃなかったけど以外と楽しいものだね」

「そ、そう……? 今まで踊ったことないの? 村のお祭りとかあるじゃない」

「だって今まで村の祭りじゃ踊りたい、と思った女の人いなかったから」

 そう言いながらレノンは、私にブドウ酒の入ったグラスをくれる。

「ステラだから、踊りたいって思った」

 そのレノンの言葉に、私の胸は跳ね上がるばかりだ。

 さきほど踊っていたから胸がドキドキする、というのと明らかに違うもの……

(私、いまこうしてときめいている場合じゃないのよね?)

 そう思うのに、ここにきた理由をなかなか声に出せない。


 どこか甘酸っぱく感じるこの空気を、もっと味わいたい――って思ってしまう。


 レノンも自分でブドウ酒をグラスに注ぎ、飲みながら私を見つめる。

 その様子は身綺麗になった姿と相成って、私の口をますます閉ざした。

「……まだ戻ると女性だね」

 ちょっと寂しそうにレノンが言う。

「まだ、一ヶ月と少しだもの……そう簡単に変わらないって言ったのはレノンでしょ?」

「うん……」

「でも、女でいても少しずつ男に変化しているのよ」

「だと思う」


 しばらく静寂が続いた。

 レノンは私から視線をグラスに残ったブドウ酒に移し、ゆらゆらと揺らしながら波打つ濃紫の液体を眺めている。

「……王に頼まれてきたの?」

 レノンに聞かれ、私は頷く。

「でも、ちょっと違う。王に頼まれる前にレノンを探して会おうしてた。タイミング良く王と会っちゃったのよね」

「僕がここにいること、どうやって知ったのさ?」

 意外、という顔をしたので、オズワルトに見られたことを知らないんだろうと推測した。

「オズワルトが貴方を見たのよ」

 正直に話す。

 レノンの片方の眉があがった。

「彼、殿下と一緒だった?」

「安心して。一人の時に貴方を見かけたって」

そう、と安堵したように眉が下がる。私は安心しきった彼に言葉を続ける。

「ここにいることを殿下に知られたら困る?」

「当たり前だよ。僕はここにいてはいけないからね」

「私も驚いたわ。だって、以前から毛嫌いしてたし、ここには二度と来ないかと思ってた――なのに、どうしてかここに来ている」

「……王に呼ばれたんだ」

「何の用で呼ばれたの?」

「親に呼ばれたら、用もないのに来てはいけない?」

「いつものレノンなら、行かないでしょ?」

 

 レノンの表情が固くなり、いつものように表情が薄くなる。

「僕だって……人の子だよ? 呼ばれたらたまには行くさ」

「本当に?」

「ああ……」

「レノン」

 ずい、と私は真剣な顔で彼に近づく。

「嘘つき。私が貴方の嘘を見破れないなんて、本気で思ってる?」


甘酸っぱい気分でいる時間は終わった。


「何か厄介ごとに巻き込まれてる――そうでしょ?」

「いや、それはないよ」

 レノンが笑いながら反論する。

 いつもの笑顔に見えるけど、そういう風に形造った笑顔だと私には分かる。

「厄介ごとなんて。ただの薬術師の僕が王宮で何ができるの? 出来るとしたら薬を調整することだよ? まあ、王である父が最近疲れがとれないというので薬を作ったけど」

「私だって『薬術師』の重要性くらい分かってるわよ? しかもレノンの師匠は王宮でも国でも腕のいい薬術師だった。――その弟子で孫のレノンだって、その才能を受け継いでる。普通じゃ考えられない薬をつくれるくらいに……それもあるから、だから、性転換の薬は『門外不出で誰にも話してはいけない』って私に固く約束させたんだわ」

「それは――あの薬が常識ではありえないし……もし知れ渡ったら世の中混乱するからだよ……」


「ええ……ああっ!?」


 突如、気付いた。


 ヒュー師匠とレノンがつくった常識と逸脱した薬――それが『性転換』の薬だけじゃないとしたら?

 それに気付いて、その薬を作れと無理矢理命令されているとしたら?


(それがオズワルトのいう『厄介ごと』?)


「もしかしたら……王に『性転換』の薬に近いものを作れって言われてない?」

「してないよ、やだなあ、王がそんなこと」

「じゃあ、殿下ね?」

「彼とはあれ以来・・・・会ってない。向こうだって会いたくないだろうから」


 私はレノンをジッと見据える。

 嘘か本当か。

 それを見極めるために。




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