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レノンの嘘と口づけ(1)

「ステラ! ここにいたのか。探したぞ」

 兄がようやくやってきた。兄の後ろにはコニーもいる。


 一歩早く、オズワルトは私から離れていった。

「大丈夫よ。とりあえず私の厄介ごとは済んだし」

「フラント家のエイミー嬢につかまってな。お前のところにくるのが遅れた。……彼女に何か言われたのか?」

 訝しげに尋ねてきた兄の顔を見て、「ああ」と私は言った。

「時間的に、兄がつかまる前に私ところに来た感じかしら。他のご令嬢と凶弾しにきたわよ」

 兄は肩を揺らすほど溜め息をつきつつ、言葉を漏らす。

「また新たな噂が出ているようでな……」

「それはもう大丈夫だと思う。さっきオズワルトと話したから」

「オズワルト? あの、その……元の姿でか?」

 こっそりと聞いてきたので頷いてみせる。

「国を出るようよ? 元気だったし。これで私の呪いの件はなくなるんじゃない?」


 もしかしたら、『世紀の恋が破れて他国へ去る』というシナリオから、今度は殿下のほうに非難がいくかもしれないと私は思う。

(まあ、国のNo.2に面と向かって非難する奴はいないから、殿下はダメージないのよね)

 誰か殿下の頬に一発拳でもいれるような豪気な奴はいないのかしら?


「……あっ?」

 自分の今の考えに、ふっ、と閃く。

(レノン……? もしかして……)

 殿下に何かするつもりじゃない……?

 殿下とは異母兄弟で、仲が悪いのは一目瞭然だ。

 お互いに憎しみあっている感じだった。

 レノンは体育会系じゃないから、拳と拳――もとい剣と剣で争うことはしないだろう。

(もし、殿下に危害を加えるとしたら、レノンはレノンの得意なことでやるわよね……)


『嫌な予感がする』


 オズワルトが言っていた言葉は私も同意できる。

 ゾワリ、と背筋が粟立つ。

 やるとしたら『術』師であるレノンは魔力を使って薬をつくるだろう。

 その薬がとんでもない薬――例えば『性転換の薬』と似たような……。

 いや、もっと大変な、『死』をもたらす薬だったら?

(いやいや! いくらなんだってレノンがそんなこと……)


「お兄様『藍青宮』ってどこ? そこに連れてって!」

「おい、そこは私だって無理だ。王のプライベートの宮だぞ? 殿下だって許可なく勝手に入ることは許されない宮だ」

 いくらお前の頼みだって無理だ、と兄は付け加える。

「……そこにレノンがいるかもしれないの」

 オズワルトが見かけた場所はその『藍青宮』に入っていくところだって話してくれた。

「そりゃあ、レノンは王の子だから、王の許可があれば……でも、それがどうかしたのか?」

「良いから! 出入り口まででいいからそこに案内して!」

 私は兄に詰め寄る。

「そこまで案内はできるが、本当にそこまでだぞ?」

「分かってる」


 じゃあ、と会場から出る私にコニーに

「ステラ様、そろそろお薬を飲まないと……」

とそっと耳打ちされる。

「あと! 今はこっちが優先よ!」

 咄嗟に言葉が出た。

 控え室に戻っている余裕がない。

 私の心が余裕がないんだ。


(早く、一刻も早くレノンに会わないと!)


 彼は何か、やるつもりだ

 何をやるのか――それを知らなくちゃ安心できない。


 もし、それが大変なことだったら……


(止めなくちゃ……!)



◇◇◇◇◇


 兄に誘導されて藍青宮へ急ぐ。

 真っ直ぐに続く廊下は、ポツポツと人がいて楽しげに会話をしている。

 それを横目に見ながら歩いていく。

「突き当たりを右へ。それから突き当たると二股に別れる。左の蒼い扉の向こうが藍青宮だ」

 兄がざっと説明してくれた。


 突き当たりを右に曲がると、廊下の両側は扉が並ぶ。

 私達が控え室として使っていた場所と、対になっている作りだ。

 大方、貴賓室とかに利用されるんだろう。

「――あ」

 急に兄が足を止めた。

 いきなり止まったので、私もつんのめった形で兄の背中にぶつかってしまう。

「ぶっ……ちょっとお兄さ……」

 止まった理由がわかり、私も慌てて背筋をただす。


「おや? エリソン家のクリフではないか。久しいね」


 柔らかな口調で話しかけてきたのは――国王。

(レノンのお父様……)

 私とコニーはドレスの裾を摘み、頭を垂らし、最敬礼の形をとっているので声しか分からない。

でも――

(レノンの声と似てる……気がする)

 レノンが歳を取ったらきっとこんな声音になるんだろうな、と思う。

「その者達は?」

「はっ、私の妹のステラと付き添いのコニーでございます」

「ああ……例の」と王が声を漏らした。

 多分、結婚式のことだろうな、という私の考えは当たり、

「グライアスが大事な式に乱入して、ぶち壊したことは聞いておる」

 と話しかけてきた。

「いえ、もうそのことは過去の話だと割り切っておりますので……」

 私はお辞儀をしたまま答える。

「顔をあげなさい」

 王に優しく言われ、私はゆっくり顔をあげ向き合う。


(……ああ、やっぱり)

 私は王を見てレノンは王の子だ、と納得した。

 似てる。顔の輪郭とか造形とか。

(何十年後のレノンを見ているみたい)

 思わず見惚れる。

 ガン見してしまっている私を兄がツツいてきた。

「――っ! も申し訳ありません。知り合いに似ている者がいるので……」

 再び頭を垂らす私に王は快活に笑う。

「その者が貴女の癒しになっていると良いのだが……貴女がいわれのない誹謗中傷を受けていると聞いている」


 それは、レノンのことだろうか?

 レノンが王に話したのだろうか?


「いえ、噂など気にしません。ご心配なきよう」

 レノンがそんな心配をしているなら、私は「違う」という意味をこめて王に告げた。

「噂が続くようなら、私の方からも強く言っておこう」

「ありがとうございます」

 王、自ら噂を消してくれると宣言してくれるとは思わなかった。

 私は、ありがたくて更に深く腰を折る。


「ステラ、と言ったね?」

「はい」

「良かったら、私の知り合いの話し相手になってはくれまいか?」


 ――レノン、のことだろうか?


 それならありがたい。

 とはいえ、あて違いだと困るので私は

「偶然とは言え、私と王の知り合いは顔見知りのようですね……」

と口角をあげる。

「舞踏会に誘ったのだが、賑やかな場所は苦手だと断られてしまった。かといって一人で部屋にジッとしているのはつまらないだろうから、貴女が行ってくれるときっと喜ぶと思う」

 王はその穏やかな表情に似合う笑顔を向けてくれた。


 レノンで、間違いはない。


「はい、喜んでお受けいたします」

 私は、深々と一礼した。


◇◇◇◇◇


 私は兄に王と一緒に舞踏会会場に戻ってくれるよう頼む。

 なるべくレノンのことが話題に乗らないようにと。


 さすがに王だって兄であるグライアス殿下と弟のレノンの仲が悪い、ということは知ってると思うけど、今王宮にいることをつるっと喋ってしまっては厄介な展開が増えるだけだ。


 なるべくついていてほしい、とお願いをした。

「殿下とならそうひっついても構わないだろう」

と兄は了承してくれた。

「その代わり、後で何があったのか教えろ」と耳打ちされたけど。


 兄も結構もめ事に首を突っ込むのが好きらしい。

(いや、そもそも私は好きで首を突っ込んでいるわけじゃないんだけど)


 レノンのことだから――


(……えっ?)

 進む足取りを止めず、私の脳内では「?」がひたすら回っている。

 レノンは私の友達だから。

 そう、友達が何か厄介ごとに巻き込まれて、何かしでかそうとしている。

 その背景を私は知っているから、こうして彼に事情を聞いて危険なことなら止めさせようとしているの。


 ――でも、本当にそれだけ?


 自分自身に問いかける。


「……そうよ、私の大切な友達だもの。レノンは……」


 ――きっと、そう。


 私は、形になろうとしている『何か』を思想の淵に無理矢理に沈めた。







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