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舞踏会は波乱でいっぱい(5)

 驚いた私は、淑女の嗜みと言うべく顔を扇で隠すことも忘れたまま、じっと彼を見つめてしまう。


 やっぱり綺麗だ、オズワルトは。男性のままでも。

 きっと私のように時間がきて、効果が切れたんだろう。


「……ごめん、いらなかった?」

「あ、ごめんなさい! そんなことないわ、ちょうど喉が乾いていたの」

 ありがとう、とオズワルトからシャンパンのグラスを受け取る。


「思ったより元気そうで安心した」

「お互いにね。先程、他のご令嬢から貴方が病に伏していると聞いたから」

「……それで、ステラが僕に呪いをかけたとか言いがかりをつけられなかった?」

「――!?」

 シャンパンを吹きそうになって、慌てて飲み込む。

「ちょっと事情があって、都を離れていたらそんな噂が出回っていて……。今、こうして噂を消そうと戻ってきたんだ」

「そう……」

 それで、男性の姿で舞踏会に出席して、こうして私といるわけね。


「自分の勝手で結婚式の途中で逃げ出して、ステラは悪くないのに君ばかり悪意ある噂を立てられて……。エリソン家全体に迷惑をかけている」

 私は肩を竦めながら「気にしないわ」と彼に微笑みかける。

「父と母は、元々私を含めて自分の子供に『我関知せず』的な考えがあるから。エリソン家の名誉と私の名誉は違う、切り離す人なの。まあ、それだけ自分の立場に自信がおありなのよ。私は、最初から社交界って苦手だったから田舎に引っ込んで気楽にやってるし」

「……でも、辛いこととかはない? 僕のせいだから、できるだけのことはしたいと思ってる」

「オズワルト……」


(今夜はなんだか、すごく男らしい……)

 何せ殿下に腰掴まれて、なよなよして泣いている彼の姿とか。

 レノン宅でも、さめざめと泣いている姿しか見ていないから。

 とにかく泣いている姿ばかり見ているから、こうやって「男」の趣で堂々としている姿は惚れ惚れしてしまう。


「――まあ、貴方との結婚は駄目になったけれど、面倒な社交界のつきあいをすることは無くなったから、それは良かったかな?」

「本当に苦手なんだね、社交界」

 くすくすと肩を揺らし、口角を上げ笑うオズワルトを見て私は、どこか寂しげな様子に気づく。


「……今、幸せ?」

 彼に問いた。

「どうかな……」

 彼はバルコニーの桟にグラスを置いて、篝火しか見えない庭を眺める。

「君と結婚してれば、もっと心穏やかに過ごしていたかもしれないな――って時々、思うようになった」

「それは『時々』でしょ?」

 私の言葉にオズワルトは、驚いたように目を開き、そして笑った。

「そうだね。本当、そうだ」

「……この先、大変だろうけど頑張ってね」


「ステラ、僕は――国から出ることになったんだ。それを伝えたくて」

「そう……」

「殿下には新しい婚約者候補がいるし、だから僕は……!」

 スッと、私は彼の唇に人差し指を当てる。

「いいの。兄から聞いてるわ。オレーリア様ね?」

 オズワルトの瞳が揺れている。泣きそうになるのを堪えるように彼は瞼を閉じ、頷いた。

 

 うーん、世紀の恋が破れて国を出て行くような切ない表情だ。

 いや、単に私がそう感じるだけで実際は

「嘘ついてごめん。そのオレーリアって僕だけど、公にできないんだ」

って罪の呵責に苛まされている顔なんだろうな。

 さすがに私も

「分かってる。だって私も性転換の薬飲んでるから! スチュワートって私だし!」

 なんて言えないしね……。

「お互い、頑張って歩いていきましょう。新しい道を……」

「ステラ……ありがとう」


 最後だから、と私達は両手を握りあいジッと見つめる。

 不思議だ。

『好きな人』

 というより今は

『同士』

という気持ちの方がずっと強い。

(私のオズワルトへの想いは、もっと違うものだったのかな)

 そう思った。




「――そうだ、ステラはキルトワの薬術師のレノンと幼なじみだよね?」

 オズワルトが思い出したように私に尋ねてきた。

「えっ? ええ、そうだけど……でも、オズワルトも彼のこと、知ってるの?」

 内心びくついたけれど、平静に答える。

「ああ……、薬を処方してもらってね。まあ、そのことじゃないんだ。彼、今厄介ごとに巻き込まれてて、ステラはそれを知ってる?」

「……厄介ごと……? いえ、聞いてないわ。オズワルト、貴方は知ってるのね?」

 彼は薬術師だから、薬に関してのことだろうと思うけど。

(……でも、それをどうしてオズワルトが知ってるの?)

 訝しげな視線で見る私に、オズワルトが言葉を繋ぐ。

「内容は言えない……でも、多分そのことで彼、王宮に来ている」

「……えっ? いるの?」

「さっき見かけた。声はかけなかったけど……」


 ――レノンが王宮ここに?


 レノンは、王の子だ。そして、ヒュー師匠が亡くなって嫡廃をして王とも王宮とも疎遠になった、

そのはず。

(で、でも、嫡廃しても親と子だし……会いに来たのかな?)

 そう良い方に考えてるのに、足元からジワジワと嫌な物が這い上がってくる――そんな気分。

 その、『厄介ごと』がいやに気にかかる。

 今まで自分が見てきた、何かに関係しているような。もう少しで思いつきそうなのに、閃かない。

「ねえ……、オズワルトはどこまで知ってるの……? 彼のこと? ……殿下からどのくらい聞いてるの?」

「……それなりに。だけど、今彼がここに来ていることは殿下は知らない」


 殿下は知らない?

「王は知ってるの?」

「王とは会ってると思う」

「でも、殿下には秘密ってこと?」


 どうして殿下に言わない?

 王とレノンの二人の秘密?


「……多分、厄介ごとに関わっている件で」

「厄介ごとって、何?」

 私の問いかけに、オズワルトは辛そうに瞼を下ろす。

「ごめん。これ以上、言えない。殿下を裏切ることはできない……だけど、すごく嫌な予感がするんだ」

 多分、私の嫌な感じとオズワルトの嫌な予感は同じだ。


「……私が、レノンを止めればいいのね?」

「僕には止められない、すまない」

 頭を下げようとするオズワルトに私は「いいの」と止めさせる。

「だけど、知ってることは教えて。その厄介ごとには殿下も関わっているの?」

「――」

 オズワルトは答えようとしない。

「それだけは教えて」

 と強い口調で尋ねると「うん」と短く答えた。

「……なるべく、殿下と会わせない方がいい? それとも会わせた方がいいの?」

「今の状況では、僕もどっちがいいのか判断がつかないんだ」

「そう」と私は扇を広げ頭を巡らす。


 とにかく、私とオズワルトは性転換の薬をレノンから処方されているけど、お互いそれは知らないことになっている(私は知ってるけど)

 そして、オズワルトという人間は殿下との恋が破れ、国から離れるというシナリオ。

 だからオズワルトは、殿下とは今は交流を控えているということなのだろう。

(でも、実際はオレーリアとして側にいるんだから……)


「ねえ、オズワルト。今でも殿下と会えるなら、その厄介ごとから殿下が手を引くように説得できない? どんな方法でもいいから」

「……僕は無理」

「でも、オレーリア様ならできるんじゃない? 貴方の親戚筋でしょう?」

 オズワルトはビクリ、と肩を揺らしたがすぐに首を横にふった。

「できないよ……」


(ああん、もう! 殿下に何も言えないのはオレーリアになってもなの!?)

「厄介ごとの内容もいえない、オレーリア様に止めるように言付けもできないって、どうやってレノンを止めるのよ? 私、その厄介ごとの内容もしらないのよ?」

「ごめん……」

 先程の、男らしい態度に惚れ惚れした私の心は急降下。

 肩を竦めたまま、まるで叱られた子供のように項垂れているオズワルトに、扇越しに溜め息をつく。


 とにかく、レノンのことは心配だ。

 私はパチン、と音を立て扇を畳むとオズワルトに告げた。

「とにかく、やればいいんでしょ? 分かったわよ」





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