舞踏会は波乱でいっぱい(4)
王宮の舞踏会や夜会は夜通し行われる。
皆、明け方まで踊って飲んで、会話を楽しみ恋をし、掴む。
勿論、途中で引き上げても構わないし、途中からきても構わない。
招待状を受け取っていれば、基本うるさいことは言わない。
時間が経てば、帰路につく貴族たちも多いので門番に一言いえばあっさりと門を開けてくれるし、いちいちチェックして記録に残すわけではないので正直『ざる』である。
スチュワートも帰宅となっているが、実際には帰っていない。
(だって、これからステラに戻るんだもの)
仮眠を取っているうちに女性に戻ったので、これからはお姫様タイム!
結婚のさいに幾つか新調したドレスの一枚を、コニーに手伝ってもらいながら着替える。
(結婚が潰れなければ今頃、これを着てオズワルトとこの舞踏会に出ていたのよね……)
薄い藤色のドレス姿の自分を見て、しんみりしてしまう。
「あの……ステラ様」
「何? コニー」
コニーがオズオズと差し出してきたのは――
「カミソリ? 何するの? これ?」
コニーは黙って私の顔に手鏡をかざす。
「あう……、こ、これは……確かに男性化が進んでいるわ」
「お手入れを……」
鼻下と顎と輪郭に濃い産毛がびっしりと……。
これだけは面倒だと私は思った。
◇◇◇◇◇
他、腕や足などの無駄毛様をチェックして一時の別れを告げた私は、今度はコニーを連れて舞踏会会場へ向かう。
女性に戻った私・ステラはスチュワートの時と違って目立つ気などない。
ひっそりと壁の花になるつもりだ。
まあ出来れば――オズワルトともう一度だけ、二人っきりで話したいという願望はあるけれど、きっと殿下がつきっきりだろうから、それは難しいだろうと半ば諦めている。
「……今日でステラ様として舞踏会に出席するのが最後なんですね」
しんみりとコニーが告げる。
「コニー、でも私は私だと思っているの。男になっても……」
「ステラ様……」
「男になっても、仲良くしてね? コニー」
コニーの目が涙で揺れる。
「かしこまりました、ステラ様が男性になっても主人としてお仕えいたします」
「ありがとう……」
コニーを第一夫人にしたい、という願いは諦めた。
こうして側についてくれるだけでも私は嬉しい。
「迷惑かけるけど、よろしくね」
「今までだってそうじゃないですか……」
こし、とコニーは目頭を擦りながら笑ってくれた。
これで女性として最後の舞台――私は背筋を伸ばし、堂々と会場に入る。
「……?」
入った途端、一斉に注目を浴びた。
今夜は壁の花になる予定でいたのに、いきなりの注目度に私は硬直してしまう。
後ろからコニーに突かれ、ハッと正気に戻った私は膝を折る挨拶をしてサッと壁際に移動した。
「ねえ、コニー。私の格好どこか変? 男がドレス着ているように見える?」
扇を広げ、コニーとひそひそ話。
「いいえ、今のステラ様はどこをとっても女性でございます。強いていえばお胸が今までより少々……お小さく……」
「男性になっても胸があったら変でしょ? それはいいのよ。……なのに」
私は扇越しに会場を覗く。
先程の注目など忘れたように皆、踊りや食事に会話を楽しんでいる。
――でも、分かる。
「ちらっ、ちらっ、とこっちを見てるわよね?」
「ええ……なんか敵意を感じます」
「私、なんか悪いことした?」
「……さあ」
私とコニーは首を傾げる。
「コニー悪いけれど、兄を探してきてもらえないかしら? 兄なら何か分かるかも」
「分かりました」と返事をしたコニーは私から離れた。
(あまり空気良くないから、バルコニーに出てた方が良さそうね)
私は、すぐ近くのバルコニーに出ようとして――数人の令嬢に囲まれた。
「あら、ステラ様。お久しぶりね」
真っ先に声を掛けてきたのはエイミー嬢だ。
扇で口元を隠しているが、陰険そうにこちらに向ける眼差しは丸見えだ。
(スチュワートの時とは随分の差!)
女性というのは表情も使い分けないといけないんだなあ……と私は内心シミジミしていた。
「お久しぶりですね、エイミー様」
「まあ、よくのこのこと来れたものね、って感心していたところなの」
「……どういうことでしょうか?」
「やだわぁ……! お忘れになっているなんて!」
とエイミーと一緒にきた令嬢Aが、わざとらしく声を上げる。
「そうよねえ……普通だったら殿下に申し訳なくて、二度と王宮には顔を出せないのに」
「前から少々、貴族としては外れたご令嬢だと思っておりましたけれど……人のお気持ちを汲み取れないお方なのね」
と令嬢BとC。
(殿下に申し訳がない……?)
と、一瞬考えて「あ」と短く声を上げた。
――そうだ! 結婚式をぶち壊された後!
(どういうわけか、殿下とオズワルトの世紀の恋を邪魔した悪役令嬢扱いされてたんだっけ!)
結婚が駄目になったことでもう貰い手がないということと、男性になることに頭がいってて忘れてたわ。
「聞いていまして? ステラ様。貴女、ここに来ては行けなかったのよ?」
「さっさとお帰りになった方がよくてよ? 殿下と鉢合わせしたら抜刀されちゃうかも!」
「まぁ、怖い怖い」
「オズワルト様が謎の病に伏してご機嫌が悪かったのに、ようやくオレーリア様のお陰で、殿下のお気持ちが浮上したところなんですから」
(なるほど……)
勝手にベラベラ喋ってくれて助かる。情報を入手できた。
「そのオレーリア様という方の出自は、ご存じですの?」
私のその問いに「キャー!」とエミリー他の令嬢が叫んだ。
その声の上げ方が面白がっているとしか思えない。
「貴女、まさかそれを聞いて今度はオレーリア様に呪いをおかけになる気?」
「……? どういうことですの?」
「まあ、しらばっくれちゃって!!」
「ああ、恐ろしい恐ろしい!」
「貴女、鄙に引っ込んで呪術でオズワルト様に呪いをおかけになったと、もっぱらの評判でしてよ?」
呆れて声を出せなかった。
だけど、それが肯定だと思ったらしい。
「出て行きなさいよ! もう、私たちの前に現れないで!」
(勝手に近づいてきたくせに)
「王家に仇をなす魔女になるなんて……! エリソン家の恥ね!」
(魔女なるほど魔力があったら、とっくに修行してその道へいってるわ)
「恐ろしい……! こちらを見ないでちょうだい! 呪われるわ!」
(私がスチュワートだったら喜んで射抜かれるくせに)
私はフー、と大息を吐く。
「何か、言いたいことでもあるのかしら?」
エミリーが扇を仰ぎながら言ってくる。もう、いじめ放題たのしー! って感じだ。
「皆様、私が顔を出さなかった間のお話を聞かせていただき、ありがとうございます。参考になりましたわ」
と私、ニッコリ。
堂々と言うので、エミリー達は逆にオドオドとぎこちなくなる。
「あっ! そういえば」
私は思いだしたように声を出す。
「私の遠い親戚のスチュワートが、先程お帰りになりましてね……」
「えっ?」とエミリー中心に令嬢達が、花が色づくように頬が染まっていく。
「何でも、『手に口づけした令嬢がとても初々しくて可愛らしかった。出来ればもう一度お会いしたい』とおっしゃっていて、その方の名前が『エミリー』様とか……」
とちらり、と扇で顔を隠しながらエミリーに視線を送る。
ぱあっ、と彼女の顔が高揚した。
「でも、きっと違う『エミリー』様ですわね……だって、噂を真に受けて呪われるとか騒いで出て行けなんて、私におっしゃるようなこと言わないと思いますもの」
「あ、い、いえ……そ、その……」
「すごく奥ゆかしいお方だとおっしゃってました。きっと噂などに惑わされない、素敵な方なのでしょうね。スチュワートも、そんな親戚が呪いなど悪女扱いしている令嬢だと知ったら失望するもの。私、その方をお探しして、彼の気持ちを伝えないといけないの。――では、失礼」
「あ、あ、ちょっ、待って……、ス、ステラ様……」
後ろからエミリーが追いかけてくるようだけど、待ってられるか!!
田舎暮らしを馬鹿にするな! 見よ、私の敏速な足使い!
私は人混みを優雅にかつ、素早く避けながら足早に歩く。
そうしてエミリーと取り巻きを巻いてから、また元の場所に戻った。
(やれやれ……私がいない間に、コニーとお兄さまが来てなきゃいいけれど)
ふう、とベランダに出て扇で顔を仰ぐ。早歩きで暑くなってしまった。
「はい、よかったら……」
スッと差し出されたシャンパン。私はグラスを持つ持ち主に顔を向けて驚いた。
「……オズワルト」




