表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/46

舞踏会は波乱でいっぱい(3)

 会場が、ざわめきの波で揺らいだ。


 一斉に私達に視線が降り注ぎ、同時、溜め息の嵐だ。

 そりゃあ、そうだろう。

 美男美女カップルの、私とオズワルトが颯爽と会場に入ってきたのだから。


 ――薬効果で何割美男美女だけど!

 ――男女逆になっちゃったけど!


 知らない方が皆さん幸せな事情。


「さあ、笑って堂々といきましょう」

 とオズワルトに、耳元にそっと声をかける。

 さすが男性時代から注目に慣れているオズワルト。ニコッと眩しい笑みを浮かべ、恥じらうように頷く。


 ――もしかしたら私たち、男女逆ならうまくいってた?


 みたいな、通じ合い方で二人で寄ってくる淑女紳士達を捌いていく。

「まあ、いつの間に。こんな美しいご令嬢を?」

と声をかけられれば

「夜の庭の美しさに導かれてみれば、おのずと見つかります」

と私。


「貴女、彼とお知り合いでしたの?」

 嫉妬混じりに尋ねられればオズワルト

「思いがけない出会いに引き寄せられるように、彼の手を取りましたの。宵の悪戯かもしれませんね」

と艶やかに笑い、扇で口元を隠す。


 男性の時もそうだったけれど、女性の彼(?)の笑みは破壊級だ。

 その場にいた男性達を一気に虜にした。

 もっと笑顔をみたい! と言わんばかりにますます人だかりとなる。


 一方私の側では女性がたむろう。

 結果、オズワルト側男性。

 私側、女性。

 と見事、二極に別れた。


「スチュワート! 捜したぞ」

 女性の中に兄が割り込んでくる。

 兄は女性だらけでも怖じ気つかなかったのか。

 そして、隣にいる女性――オズワルトを見てギョッと肩を揺らす。

 それはオズワルトも一緒だ。

 間接的にも会っているし、義兄弟になるはずだった間柄だし、そうなるのも分からなくもない。

 兄はオズワルトの事情も把握しているが、すぐに落ち着いて恭しくお辞儀をする。

「ご親戚でしたの……?」

とオズワルト。少しだけど声が震えている。

「ええ、でもご心配なく。スチュワートは遠い親戚でしてね、社交に慣れさすために連れてきたのです。――スチュワート、そろそろ戻ろうか」

「いや、まだです。殿下に一泡吹かせないと」と口に出そうかと思ったとき――

「オレーリア!」

 とようやく殿下がやってきた。


 ぜいぜい、と荒い息を吐き出し、肩を怒らせてこっちを睨みつけてくる。

 見ただけでも「怒ってる!」と分かるご立腹ぶりで、水をうったように静かになった。

(そうか、オズワルトの女性名はオレーリアなんだ)

と私。


「探したんだぞ!」

 殿下が突進してオズワルト――オレーリアの腕を掴む。

 そして私を睨みつけてきた。

(あら? オレーリアをとられそうになったんで敵認定?)

 望むところ。かえってありがたい。

 愛人だの恋人だのにされるより、ずっとまし。


「我が婚約者を引きずり回すとは! クリフ! お前、親戚ならちゃんとしつけてこい!」

 そして兄にもとばっちり。さすがに兄もムッときたらしい。

 

 だけど――咄嗟に動いたのは私でも兄でもない。

 オレーリアだった。

「殿下、掴まれた腕が痛みます。お離しください」

 と彼の腕をふりほどいたのだ。


 これには殿下も驚いたらしい。ポカンと口を開けた。

「スチュワート様は、殿下に放っておかれた・・・・・・・私を会場まで連れてきてくださったのです」

「放っておかれた」部分を思いっきり強調して扇を広げ顔を隠す。

 扇から見え隠れするようにオレーリアは、キツい眼差しを殿下に見せた。

(なるほど、こうすれば怒っている恐ろしい顔を見せなくて済むし、かえって恥じらいがあるようにも見える)

 オレーリアの仕草って、すごく参考になるわ。

「あ……いや、放っておいたわけではない……。久しぶりにクリフに会ってだな、つい懐かしくて……なぁ? クリフ?」

 殿下は兄に同意を求めるも、肩を竦めるだけだ。

 そりゃあ、こっちは言いがかりをつけれたのだから助ける義理もない。


「説明するから、ちょっとこっちへ……」

 と殿下は分が悪くなったと思ったのか、オレーリアを連れて会場から出て行った。

 残された私も、兄に腕を引っ張られて別の扉から会場から出て行く。

 

 女性達の残念そうに扇を仰ぐ姿が印象的だった。


◇◇◇◇◇


 微かに舞踏会の音楽が聞こえてくる。

 レノンは、窓際に置かれた瀟洒な椅子に座り、音楽に耳を傾ける。

 洗練された優雅な音を聞くのは久しぶりだと瞼を落とし、ジッと聞き惚れていると、扉の開く音がして目を開けてそちらに顔を向けた。

 

 中年期の男だ。

 かつては艶やかな黒髪は白髪が混じり、顔には皺が刻まれている。だが、蒼い瞳はまだ生気が宿り強い光があった。

 レノンは椅子から立ち上がり、男に一礼をする。

「レノン! 他人行儀は止めてくれ。親子ではないか」

 そう言いながら早足でレノンに近づくと、彼を抱き締める。

「お久しぶりです、祖父が亡くなって以来ですね」

「元気そうで安心した――さあ、こっちへ。食事はしてきたかね? 軽食を用意させたから、一緒に食べよう」

 そう男――王はレノンを隣の部屋へ誘導する。

 レノンは持ってきた図他袋を大事そうに手に持つ。


 菓子や果物、それにカナッペやサンドイッチなどが並べてあるテーブルに導かれて、レノンは王と対に座った。

 年配の侍女頭がカップに茶をいれると、王とレノンに頭を下げて退出していった。

 彼女は古くから仕えている侍女だ。レノンと王の関係を知っていて心配りのできる女性だ。

 面白がって周囲に言いふらすことなどしないだろう。


「良いんですか? 舞踏会の最中なのに」

「何、まだ始まったばかりだ。グライアスに任せて私はゆっくり登場するよ。今は久しぶりに顔を見せてくれた息子と会話を楽しみたい」

「……廃嫡して僕は王の子ではなくなったんです。軽々しく王宮へ遊びにはいけません」

「書類上ではそうだが、私はそう思ってはいない。……そう悲しいことを言わないでおくれ、レノン」

 レノンは王の視線から逃れるように紅茶に目を向け、口に含む。


 祖父が亡くなり、久しぶりに父と再会した。

 その時グライアスや重臣達も揃っていて、お悔やみの言葉をもらった。

 レノンは「ここに揃っているなら丁度いい」と父に廃嫡をしてもらう意志を告げたのだ。

 その時の重臣達の安堵した顔は忘れられないし、これで良かったのだとも思った。


(でも……父は納得していなかったからな……)

 それでも、「戻ってこい」とも「親子の縁を切りたくない」とも言えないでいた父。

 言いたげだったが、自分の意志を強く主張できない。

 長く亡き王妃の親類に操作されていたせいか、なかなか呪縛が解かれないのだろう。


(でも、政権を手中に戻して頑張っているしな)

「それより――明日でいいんですが、殿下にお会いしたいのですけど……」

 レノンの言葉に王が訝しげに眉を潜める。

「グライアスと? お前達、そんな会うほどの仲だったか?」

「先日、僕に会いにきたのです。それで薬の依頼をいただきましてね。無事に調整できたのでお渡ししようときたのです」

「薬? 何のだね?」


 ――ああ、やっぱり知らないのか


 あの薬のことはグライアスと、多分、亡き王妃の親類が希望しているのだろう。

 再び、この王宮で権勢をふるうために。

(犬は犬らしく役目だけ果たして、尻尾を振っていればいいのに)


 そして、グライアスもグライアスだ。

 あの男はどうも選民意識が強すぎる。

 そして元々チヤホヤと育てられたので、あげられると弱い。

 王妃の親類達に褒めちぎられて、調子に乗って「任せろ」的な安請け合いをしたのだろう。


 軍力増強に使うのは予想ついているが今、隣国ルケアと不安定な情勢にあるのだろうか? レノンはそれが気がかりだった。

「今、このアーデンと他国との交流はどうです? 安定していますか? いえ、殿下が気がかりなことをお話していましたので……」


 王は苦虫を噛んだような顔をする。

「お前にそんなことを言っていたのか、あいつは……」

「あるんですね?」

「知ってると思うが、もともと、ルケアとは不安定な和平だったからな。それをグライアスとレステール国王女との結婚で同盟を強くして、二国で牽制させようとしていたのだ。……それを自分の手で全て無駄にしてしまったのだ、あやつは……」

「……ああ、エリソン家の花婿奪略事件で」

「ほかに手だてを考えているのだが、『開戦』を主張する重鎮がいてな……」


 なるほど、とレノンは頷く。

 それで繋がった。

「開戦を主張しているのは王妃の親類ですね?」

 レノンの言葉に王は、溜め息混じりに頷いた。

 グライアスを操り勝利を掴み、また彼を盾に政権を意のままにしたいのだろう。

 いや、クーデターでも起こすのかもしれない。


(……どっちみち、好きなようにはさせないけど)


「父上。開戦は回避したいのでしょう?」

「ああ、ただ、それを説得するだけの材料がないのだ。現にグライアスは開戦を主張しておる。王太子自らそう主張しては、開戦派を抑えるのはなかなか難しい」

 レノンは、持ってきた図他袋の中から瓶を取り出し、王に見せた。


「その者達を少し、黙らせようと思いませんか? 父上……」








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ