舞踏会は波乱でいっぱい(3)
会場が、ざわめきの波で揺らいだ。
一斉に私達に視線が降り注ぎ、同時、溜め息の嵐だ。
そりゃあ、そうだろう。
美男美女カップルの、私とオズワルトが颯爽と会場に入ってきたのだから。
――薬効果で何割美男美女だけど!
――男女逆になっちゃったけど!
知らない方が皆さん幸せな事情。
「さあ、笑って堂々といきましょう」
とオズワルトに、耳元にそっと声をかける。
さすが男性時代から注目に慣れているオズワルト。ニコッと眩しい笑みを浮かべ、恥じらうように頷く。
――もしかしたら私たち、男女逆ならうまくいってた?
みたいな、通じ合い方で二人で寄ってくる淑女紳士達を捌いていく。
「まあ、いつの間に。こんな美しいご令嬢を?」
と声をかけられれば
「夜の庭の美しさに導かれてみれば、おのずと見つかります」
と私。
「貴女、彼とお知り合いでしたの?」
嫉妬混じりに尋ねられればオズワルト
「思いがけない出会いに引き寄せられるように、彼の手を取りましたの。宵の悪戯かもしれませんね」
と艶やかに笑い、扇で口元を隠す。
男性の時もそうだったけれど、女性の彼(?)の笑みは破壊級だ。
その場にいた男性達を一気に虜にした。
もっと笑顔をみたい! と言わんばかりにますます人だかりとなる。
一方私の側では女性がたむろう。
結果、オズワルト側男性。
私側、女性。
と見事、二極に別れた。
「スチュワート! 捜したぞ」
女性の中に兄が割り込んでくる。
兄は女性だらけでも怖じ気つかなかったのか。
そして、隣にいる女性――オズワルトを見てギョッと肩を揺らす。
それはオズワルトも一緒だ。
間接的にも会っているし、義兄弟になるはずだった間柄だし、そうなるのも分からなくもない。
兄はオズワルトの事情も把握しているが、すぐに落ち着いて恭しくお辞儀をする。
「ご親戚でしたの……?」
とオズワルト。少しだけど声が震えている。
「ええ、でもご心配なく。スチュワートは遠い親戚でしてね、社交に慣れさすために連れてきたのです。――スチュワート、そろそろ戻ろうか」
「いや、まだです。殿下に一泡吹かせないと」と口に出そうかと思ったとき――
「オレーリア!」
とようやく殿下がやってきた。
ぜいぜい、と荒い息を吐き出し、肩を怒らせてこっちを睨みつけてくる。
見ただけでも「怒ってる!」と分かるご立腹ぶりで、水をうったように静かになった。
(そうか、オズワルトの女性名はオレーリアなんだ)
と私。
「探したんだぞ!」
殿下が突進してオズワルト――オレーリアの腕を掴む。
そして私を睨みつけてきた。
(あら? オレーリアをとられそうになったんで敵認定?)
望むところ。かえってありがたい。
愛人だの恋人だのにされるより、ずっとまし。
「我が婚約者を引きずり回すとは! クリフ! お前、親戚ならちゃんとしつけてこい!」
そして兄にもとばっちり。さすがに兄もムッときたらしい。
だけど――咄嗟に動いたのは私でも兄でもない。
オレーリアだった。
「殿下、掴まれた腕が痛みます。お離しください」
と彼の腕をふりほどいたのだ。
これには殿下も驚いたらしい。ポカンと口を開けた。
「スチュワート様は、殿下に放っておかれた私を会場まで連れてきてくださったのです」
「放っておかれた」部分を思いっきり強調して扇を広げ顔を隠す。
扇から見え隠れするようにオレーリアは、キツい眼差しを殿下に見せた。
(なるほど、こうすれば怒っている恐ろしい顔を見せなくて済むし、かえって恥じらいがあるようにも見える)
オレーリアの仕草って、すごく参考になるわ。
「あ……いや、放っておいたわけではない……。久しぶりにクリフに会ってだな、つい懐かしくて……なぁ? クリフ?」
殿下は兄に同意を求めるも、肩を竦めるだけだ。
そりゃあ、こっちは言いがかりをつけれたのだから助ける義理もない。
「説明するから、ちょっとこっちへ……」
と殿下は分が悪くなったと思ったのか、オレーリアを連れて会場から出て行った。
残された私も、兄に腕を引っ張られて別の扉から会場から出て行く。
女性達の残念そうに扇を仰ぐ姿が印象的だった。
◇◇◇◇◇
微かに舞踏会の音楽が聞こえてくる。
レノンは、窓際に置かれた瀟洒な椅子に座り、音楽に耳を傾ける。
洗練された優雅な音を聞くのは久しぶりだと瞼を落とし、ジッと聞き惚れていると、扉の開く音がして目を開けてそちらに顔を向けた。
中年期の男だ。
かつては艶やかな黒髪は白髪が混じり、顔には皺が刻まれている。だが、蒼い瞳はまだ生気が宿り強い光があった。
レノンは椅子から立ち上がり、男に一礼をする。
「レノン! 他人行儀は止めてくれ。親子ではないか」
そう言いながら早足でレノンに近づくと、彼を抱き締める。
「お久しぶりです、祖父が亡くなって以来ですね」
「元気そうで安心した――さあ、こっちへ。食事はしてきたかね? 軽食を用意させたから、一緒に食べよう」
そう男――王はレノンを隣の部屋へ誘導する。
レノンは持ってきた図他袋を大事そうに手に持つ。
菓子や果物、それにカナッペやサンドイッチなどが並べてあるテーブルに導かれて、レノンは王と対に座った。
年配の侍女頭がカップに茶をいれると、王とレノンに頭を下げて退出していった。
彼女は古くから仕えている侍女だ。レノンと王の関係を知っていて心配りのできる女性だ。
面白がって周囲に言いふらすことなどしないだろう。
「良いんですか? 舞踏会の最中なのに」
「何、まだ始まったばかりだ。グライアスに任せて私はゆっくり登場するよ。今は久しぶりに顔を見せてくれた息子と会話を楽しみたい」
「……廃嫡して僕は王の子ではなくなったんです。軽々しく王宮へ遊びにはいけません」
「書類上ではそうだが、私はそう思ってはいない。……そう悲しいことを言わないでおくれ、レノン」
レノンは王の視線から逃れるように紅茶に目を向け、口に含む。
祖父が亡くなり、久しぶりに父と再会した。
その時グライアスや重臣達も揃っていて、お悔やみの言葉をもらった。
レノンは「ここに揃っているなら丁度いい」と父に廃嫡をしてもらう意志を告げたのだ。
その時の重臣達の安堵した顔は忘れられないし、これで良かったのだとも思った。
(でも……父は納得していなかったからな……)
それでも、「戻ってこい」とも「親子の縁を切りたくない」とも言えないでいた父。
言いたげだったが、自分の意志を強く主張できない。
長く亡き王妃の親類に操作されていたせいか、なかなか呪縛が解かれないのだろう。
(でも、政権を手中に戻して頑張っているしな)
「それより――明日でいいんですが、殿下にお会いしたいのですけど……」
レノンの言葉に王が訝しげに眉を潜める。
「グライアスと? お前達、そんな会うほどの仲だったか?」
「先日、僕に会いにきたのです。それで薬の依頼をいただきましてね。無事に調整できたのでお渡ししようときたのです」
「薬? 何のだね?」
――ああ、やっぱり知らないのか
あの薬のことはグライアスと、多分、亡き王妃の親類が希望しているのだろう。
再び、この王宮で権勢をふるうために。
(犬は犬らしく役目だけ果たして、尻尾を振っていればいいのに)
そして、グライアスもグライアスだ。
あの男はどうも選民意識が強すぎる。
そして元々チヤホヤと育てられたので、あげられると弱い。
王妃の親類達に褒めちぎられて、調子に乗って「任せろ」的な安請け合いをしたのだろう。
軍力増強に使うのは予想ついているが今、隣国ルケアと不安定な情勢にあるのだろうか? レノンはそれが気がかりだった。
「今、このアーデンと他国との交流はどうです? 安定していますか? いえ、殿下が気がかりなことをお話していましたので……」
王は苦虫を噛んだような顔をする。
「お前にそんなことを言っていたのか、あいつは……」
「あるんですね?」
「知ってると思うが、もともと、ルケアとは不安定な和平だったからな。それをグライアスとレステール国王女との結婚で同盟を強くして、二国で牽制させようとしていたのだ。……それを自分の手で全て無駄にしてしまったのだ、あやつは……」
「……ああ、エリソン家の花婿奪略事件で」
「ほかに手だてを考えているのだが、『開戦』を主張する重鎮がいてな……」
なるほど、とレノンは頷く。
それで繋がった。
「開戦を主張しているのは王妃の親類ですね?」
レノンの言葉に王は、溜め息混じりに頷いた。
グライアスを操り勝利を掴み、また彼を盾に政権を意のままにしたいのだろう。
いや、クーデターでも起こすのかもしれない。
(……どっちみち、好きなようにはさせないけど)
「父上。開戦は回避したいのでしょう?」
「ああ、ただ、それを説得するだけの材料がないのだ。現にグライアスは開戦を主張しておる。王太子自らそう主張しては、開戦派を抑えるのはなかなか難しい」
レノンは、持ってきた図他袋の中から瓶を取り出し、王に見せた。
「その者達を少し、黙らせようと思いませんか? 父上……」




