舞踏会は波乱でいっぱい(2)
まずい!
まさか、自分が殿下のターゲットになるなんて、思ってもみなかった!
そこで、ハッと私は気づく。
『中性的な、儚げな美青年が好み』
って兄が言っていたような……
(今の私、殿下のもろ好みなんじゃない!?)
ますます足を震わせる。
この強引さに、このまま負けてしまう!
無理矢理だなんて絶対にいや!
「お、お待ちください! 殿下!」
「いやいや、話は後でゆっくりと私の個室で。君はチョコレートは好きかな? 好きだろう? 私が食べさせてあげよう」
きもいわ!
「今夜は殿下の婚約の祝福にきたのです! まず、殿下の婚約者の令嬢にご挨拶させてください!」
ええい、これでどうだ!
「えっ?」
ようやく殿下止まる。
「『今夜はさすがに殿下も噂の婚約者を連れてくるだろう。私は殿下の友人でもある。その友人に紹介するつもりだろうから、君も挨拶をするように』と兄代わりのクリフ様がお話されてましたよ?」
そう言いながら私は、ばっと彼から離れた。
婚約者というのは、そう――オズワルトのことだ。
私と同じくらいの時期に薬を飲み始めたのだから、女性でいる時間が延びた今、私と同じように舞踏会に出席しているかもと推測して口にだした。
「こ、婚約者は……」
殿下は先程の強引な態度はどこへやら。戸惑うような、悩むような様子でまごまごしている。
それに顔色も悪い。
(もしかして……)
「会場に置いてきたんですか……? 婚約した相手を」
「す、すまん! スチュワート、君はここにいてくれ! すぐに戻ってくるから! いいね? そこにいるんだ、可愛い私の君!」
とこちらを振り向きながら、全速力で会場へ戻っていった。
途中、彫刻を倒していったが彼のことだ。怪我一つないだろう。
大方、二人で入ってきて私を見つけて我を忘れて、婚約者であるオズワルトまで忘れて突進してきたんだろう。
(って、大人しく待ってるわけないじゃない)
去っていった殿下の方角にベロベローと舌を出し、私は別方向へ歩いていく。
これは一旦、女性に戻った方が良いと判断したから。
兄と一緒の控え室にはコニーがドレスを持って控えてくれている。
もともと、一晩かかると見込んで用意しておいたから準備にぬかりはない。
(……あっ)
薔薇のアーチが素晴らしい石畳の歩道を抜けて、私は足を止めた。
小さな東屋に一人、女性が座っていたからだ。
四柱に蔓薔薇が巻かれてあり、小さな東屋は二人座るだけで一杯になる広さだ。
恋人達の語る場所と暗に決められたようなところ。
なのに、女性が一人。
待ち合わせかな? さっさと通り過ぎたほうが良いわね、と私。
その横を通り過ぎるさいに、横目でちらり、と女性の顔を見て思わず立ち止まって彼女の顔をまじまじと 見つめてしまった。
女性だけど、覚えのある顔……!
――オズワルト!?
「オ……!?」
名前を呼んでしまいそうになって、咄嗟に口に手を当てる。
女性のオズワルトは「?」というように、緑の目をぱちくりさせて私を見上げる。
「オ、お、お嬢さん? こんなところでお一人でどうされました?」
ドモリながらも、どうにか回避。
オズワルトはじっと私を見つめていたが、思い出したように目を見開き薔薇のような口を微かに震わせる。
(私がステラだとばれた?)
いやいや、こっちはオズワルトが性転換の薬を飲んでるのは知ってるけれど、向こうは知らないはず。
「このままお見捨てください……私など、貴方ほど殿下の目には入りません……」
か細い声でそう答えた。
――やっぱり予想通り、会場に二人で入った瞬間に殿下は私を見て、こっちに突進してきたんだ。
(なんてデリカシーのない……)
人ごとながら、頭を抱えたくなる。
結婚式をぶちこわしてまで一緒になりたいと思った人を(たとえ同性でも)置き去りにして浮気に走ろうとするなんて……
「……殿下も罪深い人ですね」
私は腰を屈めると、オズワルトの片手をすくい取る。
「日の光の中にいる女神のような人を、夜露にぬらしてしまうなんて」
私はオズワルトに微笑みかける。
「まあ……女神だなんて……そ、そんなことないです……」
シミ一つない頬が仄かに朱に染まり、俯く。
オズワルトの薬の何割か元の性より綺麗に見せる効果が入っているとはいえ、元々綺麗だったオズワルトが女性になると神懸かってるわ……。
(どうしてこんな綺麗な人、置いて私に突進してきたかな!)
「きっと、今頃殿下もお探しだと思いますよ?」
実際、探しに行ってるはず。だけど入れ違いになったんだろう。
「良いんです、もう……」
オズワルトは弱々しく首を横に振る。
「どうして?」
「こんな風になった私に、殿下は興味がなくなったようなのです」
ええと、ということは男性から女性になったオズワルトに、てことよね?
「こんな風に、とは?」
失言したと思ったらしい。オズワルトはオドオドと視線を彷徨わせる。
私は図々しくも隣に座り、女性になったオズワルトの手を握る。
(ああ、なんてスベスベして柔らかい! 細い!)
と思いながら私は饒舌に語る。
「それはきっと、見慣れてしまったのでしょう。私達男性の目から見たら、貴女は崇拝したくなるほど美しい……私が吟遊詩人なら貴女を賞賛する詩を詠うでしょうし、騎士なら誉れをいただきたく戦い、勝利し続けるでしょう」
「ありがとうございます……でも、私の真実の姿を知ればきっと貴方も、殿下のように私から離れようとすると思います」
「離れるだなんて……」
オズワルトの緑の瞳にうっすらと膜が張り、それがゆらゆらと揺れる。
それを見て、私は怒りがおさまらなかった。
あんなことになって、私もオズワルトも性転換しようとしているのは、全てあのグライアスのせいじゃないか!
二人の人生を変えたんだから、どうしてしっかり責任持とうとしないの?
特にオズワルトなんて、そんな男でも愛して子供も産みたいとまで思って女性になるのに!
(我が儘放題のお坊ちゃまもいいとこだわ!)
「……ちょっと、意地悪をしましょうか? 殿下に」
ごちょごちょと小さな声でオズワルトに提案する。
その提案に「えっ?」と声を上げたけど、「たまには良いかもしれませんね」と花のように、にこりと笑った。




