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不穏

 私もコニーにつられて泣いた後、兄はとりあえずコニーを実家に帰らせて静養させることにした。


「ここまで長く勤めてくれた君だ。いずれ侍女頭としてエリソン家で活躍して欲しいと思っている。ステラがこういうことになって気持ちの整理がつかないのは、私も分かる。落ち着くまで実家に帰って静養するといい」

 そうコニーに伝える。

 コニーは頷き「少し、ステラ様から離れて考える時間が必要かと思いました」と朝早く兄が呼んだ馬車に乗って実家に帰って行った。




 私といえば、昨夜のことが尾を引きベッドから起きあがれない。

(コニー……。私が男性になることを賛成してくれたのに……どうして今になって……)

 それに、男性になっている私の行動がいわゆる「たらし」に見えて不快だ――なんて。

(ハーレム目指してるんだから当たり前じゃない! 硬派だったら女の子つかまえられないよ……)

 素敵な女性をはべらせて、どの女性も自分に夢中で、他の男共が――特にグライアス殿下が指をくわえて羨ましがるハーレム生活して「ざまあ」して……

 自分の考えに我に返り、私は起きあがる。


 ――そのために女性を利用するの?


(動機が不純すぎない?)

「違う! 私は、女性を下に見て大事にしない男共から救うために性転換をするんだから!」

 私みたいに結婚式で大どんでん返し、みたいなことはそうないと思うけど!

 しかも花婿が、男に奪われるとかってないと思うけど!

 男の不誠実に陰で泣いている女性達を、一人でも多く救うのが私の使命なの!

「そうよ!」

 私はベッドから勢いよく降りると、瓶の中の薬を一つ取り出す。

「女性の理想とする男性にならねば!」

 そう決意新たに、口の中に薬を放り込んだ。



 どうしてか――とうに慣れた薬の苦さが今日は特にひどく感じられた……。



◇◇◇◇◇


 本当は今日、レノン宅にいく予定はなかったんだけど愚痴を聞いて欲しくて、また籠いっぱいに菓子やらパンやらを詰め込んで会いに行った。

 男性の姿で行くのって初めてだな、と思いながら。

 兄でもいいんだけど、コニーが抜けた穴を埋める人材を手配しなくちゃならなくなったので、私に構う暇はないらしい。

(自分でいうのもなんだけれど、結構落ち込んでるんだけどな……)

 でも、コニーが抜けたのは自分のせいだから、これ以上兄に負担は掛けられない。我が儘は言えない。

 こう言うときにレノンに頼ってしまうのも悪いな、と思いつつ吐き出したくて彼の家に向かった。



「……何これ?」

 レノン宅、開けた途端の部屋の惨状に私、しばし呆然。

 そして覚醒!

「ちょっ……!? 何があったの!?」

 黙々と片づけているレノンに駆け寄る。

「ちょっと家を空けている間に、強盗に入られたみたい」

と、レノン。

「えっ? 貴方は大丈夫だったの?」

「うん、まあね……でも、ごめん……化粧水、盗まれた」

 申し訳なさそうに頭を垂らすレノンに、私は首を横に振る。

「いいよ、また作れるんだし。それよりレノンが無事で良かった……」

 そんな私を見て、レノンは笑みを作る。


 だけど――レノンの様子がおかしいのは一目瞭然だった。

 無理して作る形だけの笑顔。

 それに顔色も悪い。

(強盗に合ったんじゃ仕方ないか……)

「こんな状況なんで、悪いけど今日は……」

 とレノンは散らばった薬草を拾いながら、私に帰るように促す。

「兄に強盗の件、伝えとく」

といいながら私も、転がったからの瓶を拾い始めた。

「駄目だよ! 割れている瓶もある、破片が散らばっていて危険だから!」

 慌てて空瓶をひったくりながらレノンが言った。だけど私だって負けていない。

「いいよ、手伝うから。丁度今男性の姿だし。力仕事もできるよ」

 と、片手で易々と椅子を持ち上げる。

 男性になっていて良かった。

 私が片手で椅子を頭上に持ち上げている姿に呆気にとられたのか、それとも意固地な私に呆れたのかレノンは、困ったような顔をしながら

「……じゃあ、お願いします」

と静かに言った。


 大まかな物は端に寄せて、掃き掃除をする。

 とはいえ、実は箒を使ったことのない私は案の定下手くそで、レノンに任せてちりとりをもって集めたゴミ待ち受けるだけだ。

「あれ? そう言えば……ステラ、用があってここに来たんじゃなかったの?」

 私が訪問するのは数えてあと五日ほど先。

 それなのに、のこのことやってきた私にレノンが尋ねるのは当たり前のことだ。

「体調悪くした?」

「ううん、ちょっと暇になっちゃって……化粧水の状態を見に来たんだ」

 咄嗟に嘘をつく。

 レノン宅が強盗に見舞われて大変なのに、自分のこと愚痴れない。

 だって、並んでいた作り置きのほとんどの薬瓶は落とされて割れてるし、椅子だって倒された衝撃なのか、足が折れてしまっているものもある。

 作り置きのは、村人ようの傷薬やお年寄りのリウマチ用、軽い風邪薬とかすぐに渡せるものだ。

 それさえも全部割れてしまっていて、一から作り直さなくちゃならない物が多数ある。

これだけのものをまた作るのは、大変だろう。


「……私の薬、まだ持ちそうだから少し待つよ?」

「あと何日分?」

「九日……がぎりぎりかな?」

 そうか、とレノンは顎に手をあて考えに耽る。

「急いで材料を仕入れるとして、三日……三日ほど延ばしてほしい」

「分かった」

「他に私が手伝えることってある?」

私のその言葉にレノンは、

「ありがとう、気持ちだけ受け取っておく」

と笑顔で返した。


 その笑顔はいつもの彼で、私は少し安心したのだ。


◇◇◇◇◇


 その日の夕刻――

 レノン宅に一人の男がやってきた。

 その男は毛皮のベストを羽織り、背中には狩猟用の銃を背負い、腰に鉈や銃弾の入った袋をぶら下げている。

 出で立ちからして、猟師だろう。

 背負っていた革袋を下ろすと、レノン宅の扉を叩く。

「レノンさん。朝、頼まれた物、持ってきたぜー」

 間もなくすると扉が開き、レノンが現れた。

「もう? 早いね、今日の早朝に依頼したのに」

 げへへ、と猟師は胸をつきだして笑う。

「あんた、運が良かったよ。俺もすぐに手に入れられるとは思ってなかったからなあ」

 そう言いながら一旦下ろした革袋を、レノンに渡した。

「ありがとう、急ぎの依頼だったから助かったよ。礼ははずんでおいたから」

 レノンは猟師に金の入った袋を彼に渡す。

「また何かあったら言ってくれ。あんたには怪我の薬で恩があるからな、多少の無理も聞いてやるよ――でも、良いのかい?」

「何を?」

 猟師が渡した革袋を眺めながら首を傾げる。

「毛皮、なめさないでよ? 剥いだら手を加えないでそのままのが欲しいなんて……血生臭いままだぜ?」

「うん、いいんだ。それが一番いい状態だから」

レノンは猟師にそう笑って答えた。





 猟師が帰ってからレノンは、すぐに仕事に取りかかった。

 地下にある倉庫に潜る。

 ここは貴重な薬剤や材料を保管する場所で、グライアス達に見つからなかったのは不幸中の幸いだった。

 レノンは中央に設置してある円テーブルに向かう。

 そのテーブルは富裕層が使うような光沢があり、すべすべしている。


 彼はそのテーブルに向かって、一心不乱に何かを書き始めた。

 それは記号であったり、文字であったり。

 テーブルに書かれたそれは、ぼんやりと光を放ち始めた。


 ――薬術師の魔力が注がれた、円盤となる。


 書き終え、レノンは先ほど猟師から手に入れた狼の毛皮を取り出す。

 それを円盤の上に広げた。

 皮脂と血がこびり付き、生臭い臭いと野生の獣の臭いが混じり、普通の人間なら思わず顔をしかめずにはいられないだろう。

 だが、彼の表情は一向に変わらない。無表情のままだ。

 綺麗に広げると、今度はその中央に瓶に注いだ液体を置く。

 透明な液体は瓶の半分ほどの量で、しばらくゆらゆらと揺れていたが、じきに波はおさまり、静寂に包まれた。


 レノンは、古ぼけたノートのあるページを広げる。

 それは亡き師匠で自分の祖父が書き残した薬術ノートだ。

 そのページには『獣になる薬』と記載されていた。

『鳥』の章 『猫』の章 『犬』の章等々、それは分かりやすく整頓され記されている。生前の彼の細やかさが分かるものだ。

『狼』の章を見つけ、レノンはしばし読みふける。

 呪文を解読しているのだ。

「……やっぱり、これもわざと不完全にしてある」

 獣になる薬は、どの呪文も不完全だ。最後の仕上げになるこの儀式が成功しないと、それまでの調製がどんなに完璧でも薬はできない。

 祖父は「わざと」不完全にしたんだ。とレノンは結論づけた。

 でないと薬術師として短い自分が、祖父の作った呪文の不完全さを見抜けるなんてありえない。


 ――逆に


(僕には分かるような不完全さにした、ていうことだろうな)

 くっ、とレノンの口から笑いが漏れる。

 堪えるように笑い、今自分が設置した円盤の薬を眺め、目を細める。

 そこにいるレノンは、いつもの穏やかな彼ではない。

 憎悪に顔を歪めた男がそこにいた。


「兄上……、いいよ。貴方の望むものを調製してあげるよ」


 ノートを床に置き、レノンは円盤に向かい両手をかざす。


「師匠が、祖父が、この薬を不完全にしなくてはならなかった。だけど、兄上は不完全なものはいらないでしょう?――完璧なものをお渡ししましょう……」





 ――それが、貴方の破滅になるように。














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