身内より身内に近い人が慣れませんでした(1)
瓶の中の薬を確認する。
一ヶ月分だけど、順調で途中で服用を二回に押さえた。
(えーと……十四日分まで一日三回で、それから一日二回に切り替え。だから後残りは二十八粒……)
と、わたしは薄紙に包まれた水晶の欠片と似た薬を数える。
「あれ……?」
足りない?
もう一度数えてみる。
「十九、二十、二十一……二十二、しかない……」
(飲む期間間違えたかな? 一日三回の日、もっと多かったかも。私、あまり深く考えないし)
まあ、一週間後、追加をもらうまでには間に合うし。大丈夫だろう。
そう思いながら、朝の分の一粒を口に入れて噛んだ。
相変わらず苦くて悶絶するけれど、効果抜群なので耐えられる。
「――さて! 朝ご飯朝ご飯! しっかり食べて男性の身体を作らなくちゃね!」
朝ご飯をしっかり食べて、コニーを見舞う。
コニーはまだ、私に顔を見せてくれない。
ただ「申し訳ありません」と切なく言うだけ。
「……あまり体調が悪いなら、本当に相談して。じゃないと心配だから」
と私はドア越しにそう伝えると、庭に向かった。
午前中は大抵、剣術を習う。それから午後はレノン宅だったけれど、今度の訪問は一週間後になったから、今日からしばらく勉学に当てることに。
「女子だから」と言って学ばせてもらえなかった航海術や、難しい数式、奥深い政治内容等々を学ぶ。
それから夜は、男性向け王宮作法講座。
(兄が協力的ですごく助かる!)
ありがとう、兄よ!!
これで、どうしてお嫁さんが来ない?
「……お前、婚約していただろう、すっかり抜けてるな……」
サーベルの先端をピンピンはじきながら呆れる兄。
「そうだっけ……?」
首を傾げる私に、兄は言葉を続ける。
「レステール国バレラ公爵家のご息女だ。ナディアという」
「思い出した! 兄上が留学から帰ってきてから文通していたお相手!」
「そうだ。一度、肖像画も見せなかったか?」
波のように流れる黒髪と、海色の瞳の大人しそうなご令嬢の印象の肖像画だった。
「ずっと文通して、とうとう結婚ですか。一途ですね、兄上は。どうして一緒に留学して殿下は『そっち』に走ってしまったんでしょうね……? とういうか、兄上留学中、よく無事で」
「単に殿下の好みじゃなかったんだろう? あの方、男女共通して儚げで中性的なのが好みだから」
なる……、とオズワルトを思い出して納得。
(えっ? じゃあ、私と殿下って好み似てるってこと!?)
気付いた事実に私、愕然。
「違う! 違う! 断じて違うし! オズワルトの顔はドンピシャだったけれど、中性的なのが好みとかじゃないし!」
「落ち着け……」
サーベルをぶんぶん振り回して拒否する私に、兄は冷めた眼差しで止める。
そうだ、たとえ好みでも私は同性にときめかない!
そこは違うから!
「挙式は来年夏。ああ、彼女にもお前のことどう伝えよう……」
それに兄は頭を悩ませているようだ。
ごめん、面倒をかける妹――これからは弟になるけれど。
「修道院に行きました、で良いんじゃない? 男性になった私は『遠い親戚の子』で」
遠い目をしている兄に、私はそう提案する。
「……お前、本当に後悔とかないのな……」
「『兄上』がナディア嬢と可愛いお嬢様をおつくりなさいませ」
私は背筋を伸ばし、兄に向かってサーベルを構える。
「ナディア嬢は麗しいからな、彼女に似た娘が欲しいな」
カキン、と兄の剣先と自分が振るうサーベルの剣先が重なり、高く音が鳴る。
兄とこうして剣を習うようになって、まだ日が浅いから、本当にへっぴり腰な剣捌きな私だ。
(……兄上が結婚する来年までには、そこそこ剣を扱えるようにしたいな……)
顔だけじゃ駄目だって、結婚がなくなってよく分かった。
オズワルトの「顔」しか見てなかった私も悪い。
あんまり好みの顔すぎて、彼の本質をよく見極めなかった。
目指せ! ――「才色兼備」!
「――ほら、今日も来ているぞ?」
小休止の途中、また同じ場所に村娘達がたむろってこちらを見ている。
行ってこい、とまたもや兄が私の背中を押す。
「今度は兄上も一緒にきてくださいよ」
「私は婚約したんだ。浮気はしない」
浮気しろとは言ってない。
「いきなり女性を誘って会話しろと言われても、参考がないと困りますよ」
「……そうか、そうだよな。お前、社交界デビューして、そう誘われた経験なさそうだし」
よけいなお世話だ。
「ポイントは覚えているか?」
「まず『爽やかに』『笑顔』で『穏やかに』話しかける」
「それから?」
「一般的に『お天気』や『季節』の話からはじまって『対象女性の美点を見つけて褒め称える』その時さりげなさを忘れずに」
「そう。大事なのは、ああして複数人でいる場合は?」
「特にお目当ての女性がいない時は、まんべんなく褒める。お目当ての女性がいる場合は、さりげなく視線を多くあわせたり、周囲の女性より『やや』多く褒め称える」
「そこで大事なのは、あからさまではいかん。あまりに一人の女に集中してしまうと、その女性があとで嫌がらせや噂の的になってしまう。そんなのは両想いになってからで良い」
「ほほう」
「後半部分は今はいらんだろう。――とりあえず、一緒にいくか?」
「よろしくお願いします!」
私は兄の横について村娘達に近づいていく。
明らかに皆、私達に期待してソワソワしている。
「やあ、君達はここの村の子達かな?」
兄が先に話しかける。
皆、兄が何者なのか知ってるのだろう。かしこまって頭を下げる。
「は、はい。クリフ様、ご機嫌いかがですか?」
「いつも剣の鍛錬をしているのを見ています」
うん、知ってる。と私もニコニコと村娘達に微笑む。
「の、喉がお乾きになるだろうな、と今日は蜂蜜酒を持ってきたんです」
蜂蜜酒! 私、大好きなのよ~!
「ありがとう!気が利くね!」
私が礼を言うと、村娘達は恥じらうように笑顔をこぼす。
――ああ……可愛い。
なんだか、彼女達の飾らない素朴な笑顔が眩しい。
木製のコップに注いでくれた蜂蜜酒を、私と兄に手渡してくれる。
「キルトワの娘さん達は皆、気だてが良くて素晴らしいですね。兄上」
ポッと、日焼けした健康的な肌に赤みが差す。
ううん! みんな可愛いなあ!!
「あの、クリフ様。この方は? ご親戚の方ですか?」
「あ、ああ。紹介がまだだったね。私の遠い親戚なんだ。ス……スチュアートという」
「スチュアートです。よろしく」
――男名、できちゃったね。
「ス……スチュアート……さま?」
瞳をキラキラさせて小首を傾げる、お下げの子が可愛い。
ちょっとうつむき加減の大人しいそうな、頭巾を被っている子も。
蜂蜜酒の入った壷を抱えて、茶色の瞳で見上げている子も。
(みんなかわいいいいいいいいいいい!!!!)
どうして?
どうしてこんなにドキドキするの?
もっと話したい!
「この蜂蜜酒とても美味しいね。美味しくする秘訣でもあるのかな?」
「作り方は、他の蜂蜜酒と変わらないと思います」
「そうか……じゃあ……」
私は壷を持つ子の片手を握る。
「きっと、君が僕らを想って注いでくれたからなんだね」
手荒れがあるけれど、柔らかい。女の子ってこんな柔らかいんだ……。
「――スチュアート、こら! 手を離せ。娘さんが困ってるじゃないか」
「えっ?」
思わず手の感触に浸っていた。やばい、これじゃあ変態だ。
気付いたら、手を握っていた娘さんは蜂蜜酒が入った壷を落として、耳まで赤くしていた。
「ご、ごめん……せっかく持ってきてくれたのに悪いことをしてしまった」
「い、いえ……! あ、あのまた明日持ってきますので……失礼します!」
一人、逃げるように去っていくと他の娘さん達も私達にお辞儀をして、後を追いかけるように走り去ってしまった。
「兄上……女性って柔らかくて可愛いですね……」
私が女性の時と大違いだ。
「あのな……おまえ、一人だけ贔屓するの止めろってあれほど言ったろう?」
対して兄は少々立腹気味だ。
「あれって、贔屓に入るんですか?」
「絶対あれ、気があると思っているぞ? 明日も来たらうまく対処しろよ」
「……そんなつもりはなかったんですけれど」
そうなんだ、難しい。
そんな私を見て兄は
「……おまえ、男になったら、かなりのタラシになりそうだな……」
と眉を寄せながら呟いた。
そういっても――女性ってみんな可愛いものなんだ、と男性に近づくにつれてそう気持ちに変化が起きていることに、すごく感動して。
(やば……! くせになりそう!)
と悪いことまで考えてしまう。
ていうか、自分ハーレム作るのに合う性格だよね?
そんな私を、窓の向こうで見て嘆いている人がいたなんて――そのときは知る由もなかった。




