レノンの過去は思ったより壮絶でした(3)
夕飯時――
「コニーの体調は戻らないのかしら?」
配膳の時に率先してやる彼女だが、今夜はその場にさえいない。
「まだ、体調が悪い」と使用人から言付けされて、ステラは不安になる。
年に数回風邪とかで寝込むことがあるが、今回はいつもと様子が違う。
(後でお見舞いにいこう……)
とうわけで、今いるのは兄のクリフだけ。
「……お兄様」
「うん?」
骨付きチキンを素晴らしいナイフ捌きで、骨から肉を削いでいく兄に私は報告。
「あの今日、レノンの家で修行してましたらオズワルト様と殿下が来訪しにきました」
「――ぅお!?」
ガチャン! と滑ったナイフが皿に辺り大きな音を立てる。
ついでにチキンの身が宙に舞った。
「あああああああ」
と兄は空の小皿で受け止めに行くが、半分以上はテーブルの飾りになってしまった。
「そ、それで? ステラ、お前、鉢合わせしたのか?」
「ううん。屋根裏のレノンの寝室に隠れたから大丈夫――それは大丈夫なんだけど……」
「なんだ? 何か心配事か? この兄に話してみなさい」
躊躇っているわたしに兄は「話せ話せ」と目を輝かせている。
相談事だと思っていること間違いなし。
「聞きたいことがあるのよ……レノンと、殿下の関係のことで……」
それで察したらしい。
「食事をしながらの話には相応しくないな。……食後、私の部屋においで」
◇◇◇◇◇
食事の後、私はまず先にコニーの見舞い彼女の部屋を訪れた。
――が、
「申し訳ありません……今、ステラ様にお会いしたくなくて……」
とドア越しに断られて私、びっくり仰天!
(あ、会いたくない……!?)
「会いたくないって……! ど、どういうこと……!?」
思わず扉を乱暴に叩いてしまう。
いつもより扉が揺れて私、再度びっくり。
そうだった、食事前に薬服用したから――男になってるんだった。
「す、すいません……ステラ様! 私の気持ちの整理がつくまで、このままにしておいてください!」
「コニー……」
結局コニーは扉を開けることはなく、私はすごすごとその場を去りその足で兄の部屋へ向かう。
「――で、どこまで話をきいたんだ?」
それから私をジーッと見て、厳しい口調で注意する。
「ステラ、いま男だろ? 座り方に気を付けろ」
「あ、はい」
そうだった。男でいるときは紳士らしい態度で。
背筋を伸ばし、膝の上に拳を置くスタンダードスタイルで座る。
足を組んだりとかあるけれど、今の私がやると、どうしても女っぽいらしい。
なので、本格的に男性になるまではこのスタイルの座り方。
私しは殿下とレノンの言い合いと、レノンの告白を兄に話した。
全て話し終わると兄は椅子の背もたれに寄りかかり、考えに耽るように顎に手を当てる。
「……ご存じでした? レノンが、王の子供であること……」
「それは勿論知ってる。長く王宮に勤めている臣下は大体知ってるよ。だけど、その事件があったから皆、固く口を閉ざしているだけさ」
「知らなかったの、私だけ?」
それは不公平だ。プッ、と頬を膨らませる。
「お前……それは止めろよ……男でそれやっても可愛くも何ともない」
「可愛いと思われたくてやってるんじゃありません!」
でも、やっぱり男らしくないので頬を戻す。
「当時、王宮へ出入りしていない者は知らないだろう」
「……殿下はレノンが自分の弟だって存じているようでしたけど、レノンの母の死の理由は知らないようでした。逆に事実と曲げられた話を広められて迷惑的なことを言って……」
「うん、殿下は当時、私と同じ留学先にいたからね。帰ってから聞いたと思う。私もそうだったから。ただ、私は父から話を聞いて殿下は臣下――恐らく王妃擁護側の者から聞いたのだと察する」
「……やっぱり、レノンが話してくれたことの方が真実?」
「ああ」
と兄は頷く。
「あの当時、王妃の親族が内政を握っていたからね。王もどうしようもなかったんだと思う。王妃と王妃の父親が相次いで亡くなって勢力が弱まってようやく王が政治的権限を握るようになったからは、大分王宮内も柔らかくなったけれどね」
以前は酷かったらしいぞー、と兄がシミジミという。
「殿下は王に尋ねて、誤解が解けるのでしょうか?」
「……誤解は解けるだろうけど……そうか、殿下がレノンに会ってしまったか……」
「何か心配ごとが?」
「うむ……レノンが思った以上に天才型の薬術師に成長していたってことがね」
それが憂い?
(よくわかんないわー)
良いじゃない、薬術師として大成していれば王宮に頼らなくたって自活できるんだし。
――それに
「王子だったとしても、レノンはレノンです。わた……じゃなくて僕の幼なじみで友人です」
「お前とレノンが仲良くなっていることに驚いたけどな。確かに『レノン』だよな」
「兄上はすべて知った上で、レノンに接していたんですね」
「だって、ステラの『友人』だからな。ステラが友人だっていうなら私だってそう接するさ。身分関係なしに」
そう私に笑いかける。
思えば――この兄には、いつも可愛がってもらった。
兄も私のことが可愛いと思っているのは、贔屓目にみても間違いはない。
兄弟ってそんなものだと思っていた。
「殿下とレノン……仲直りできるといいですね……」
そう呟いた私に兄は
「……まあ、殿下次第かな」
と難色を示した。
(殿下次第か……)
オズワルトでのことかな?
私はただ、このとき、そう安直に思っていた。




