レノンの過去は思ったより壮絶でした(2)
レノンのお父さんは国王!?
と、いうことは……グライアス殿下の弟。
(ええええっ! やだーーーーーーー!! あの、両刀づかいの色キチガイと兄弟!?)
口を押さえ、思わず叫びそうになるのを必死に耐える。
「王妃が僕の母を殺した、という証言が欲しいですか? ちゃんとおりますよ?」
レノンの声が、ますます冷たくさえ渡る。
だけど、その声音に憎しみが混ざっているのがありありと分かった。
「あの時、あの場を目撃したんですよ。僕と、王がね」
「――!? ……なっ」
なんだと、と言葉を続けたかったのだろう。でも言葉は続かなかった。
殿下も、よほどショックだったのかもしれない。
「あの日……、めずらしく王は時間が空いたからと僕を中庭の散歩に連れ立ってくれた。オレンジが豊作の年で庭中甘酸っぱい香りが漂っていたのを覚えています。母は用を言いつけられていて、その場にいませんでした。後で合流するつもりで、見晴らし塔付近で人払いして王と待っていた。親子三人で短い時間を過ごすつもりでそこを選んだんでしょう。誰にも邪魔をされないように。それは、多分王妃にとって誤算だった。まさか上から突き落とした場面を、僕だけでなく王にも見られてしまったから……」
「真か……? それは?」
殿下の声が震えている。
その言葉を聞いてレノンは、冷え冷えとした口調で答える。
「王にお尋ねすればいいでしょう? まあ、真実を語るかどうかは貴方次第です。――でも、僕は生涯忘れませんから。あの場面を! 母の叫び声を! 憎悪の王妃の顔も!!」
出てってくれ!
レノンの最後に放った声が悲痛で、胸が痛い。
殿下がオズワルトを連れて帰った後、レノンは崩れ落ちるように椅子に腰をかけた。
「レノン……」
私は屋根裏部屋から降りて、テーブルに突っ伏しているレノンの肩をそっと撫でる。
「……ごめん、今日はもう帰って欲しい」
そう言うけど、「はい。ではまた」と帰る気になれない。
「あのさ……、レノン、殿下の弟だったんだね。知らなくてごめん……」
「もう嫡廃してるし、縁は切ってある。相続権なんてないよ。だから貴族のステラにとって僕は何の価値なんてない」
机に突っ伏したまま、投げやりな言葉を私にぶつけてくる。
「あーのーねー!!」
「――!?」
私は無理矢理レノンの顔を上げ、掴むと自分の胸に引き寄せた。
「私はレノンが王子だっただろうと、関係ないの! 私たち小さい頃からの友達でしょう!! そこに身分とか関係あった?」
「……ぅ、ううん」
「友達なんだから、友達が辛かったり悲しかったりしたら励ましたり慰めたりって、当たり前のことなの!――だから、大人しく胸に埋もれながら私に愚痴こぼしなさいよ。……私が男性になったら、もうこういう柔らかい感触なくなるんだから、よーく味わうといいわ!」
「……」
「……まあ、その、もの足りない大きさかもしれないけど」
レノンは固まってるのかそれとも動けないのか、微動だにしない。
そんなに動けないような胸の大きさじゃないんだけど……
正直、胸のサイズは聞かないでほしい。
レノンの頭を撫でる。
(こういう感覚って初めてよね……?)
固そうと思っていた彼の髪質は案外柔らかくてサラサラしている。
頭の形も良くて、綺麗な円を描いた後頭部だ。
――なんだろう、撫でている私の方が気持ちよくなってきた。
「……本当、ステラは僕の思いがけないことをさらりとやってくれる……」
今までずっと私のお粗末な胸の中にいたレノンが、ポソリと呟いた。
「そう?」
「うん。ありがとう、もう大丈夫」
ゆっくり、ちょっと躊躇うようにレノンが私から離れる。
目が合って先ほどまでやっていた胸抱きを思い出して、ちょっと照れくさくなる。
レノンも同じようで、頬を染めて忙しなく視線を巡らす。
「ま、まあ……お得だったかな? 男になる前のステラの胸の感触味わったし」
「そ、そうよ! こういうこと初めてやったんだから! ありがたく思って!」
ジッと見つめられて、落ち着かなくなる。
そんな凪いだ風のように見つめないでほしい。
情愛があると勘違いしてしまいそうになる。
「少し……聞いてくれるかな? 愚痴」
――レノン
「私で良かったら……」
「ステラに聞いて欲しいんだ」
レノンの瞼が閉じられ、澄んだ蒼い瞳が見えなくなる。
それから、思い出すように彼は話し始めた。
「確かに僕は王の子だけど、正式じゃない。側妃でもない、妾の子。母親は勘付いていると思うけど、当時一緒に王宮に勤めていたヒュー師匠の娘。平民の出だから、母の待遇はかなり悪かったらしい……」
それでも、王は母を愛してくれていた。僕が産まれて、王妃の嫌がらせが酷くなっていって、ずっとかばってくれていたらしい。
でも、かばえばかばうほど王妃はますます母に嫌がらせをして、どんどん命を脅かすものになっていった。
それは――僕にも同じで。平民から産まれた子の何が危険なのか。僕には全く分からなかった。
母はなるべくヒュー師匠の側にいて、ひっそりと息を殺して生きていた。僕も大きくなるに連れ自分の境遇というものを知って、母と大人しく暮らしていた。
王は王妃から隠れるように会いにきてくれた。
王妃のバックはとても強くてね。無碍にできるもんじゃなかったらしい。
――あの時も
短い時間だけど、半年ぶりくらいに家族水入らずで過ごそうってやってきてくれて。
同じ王宮内で暮らしているのにね。全く会っていなかったんだ。
母がちょっと薬を届けに行ってくるからと、先に僕は王と中庭にいた。
王は、もう七歳の僕を持ち上げて抱っこして「大きくなったな」って顔を綻ばせていた。
大人の目の高さになって、僕は物珍しさにキョロキョロと辺りを見渡していた。
見晴らし塔を見上げて、屋上がいつもより近くに感じられて、見ていたら――そこに追い立てられる母がいた。
王妃は剣先を母に向けてここから落ちるように、言っていた。
母が落ちやすいように王妃の侍女達が、加勢していて……
「かあさま!」と僕が叫んで、
こっちを振り向いた瞬間――
「――もう、いいよ。レノン」
わたしは膝の上にきつく握られた彼の握り拳の上に、自分の手を乗せる。
その現場にいたレノンなんか、思い出しながら話して――もっときついだろうに。
「いいんだ。話したいんだ。このままだと殿下やオズワルト様も恨んでしまいそうだから。吐き出したい。ごめん、聞いてほしい」
わたしは黙って頷いた。
――叫び声とともに母が塔から落ちた。
上から落ちていく様を見て、王妃はようやく下に僕と王がいたことに気づいた。
一部始終を見ていたから、言い逃れはできない。
でも、王は王妃を許した。かばったんだよ。
転落事故として片づけられたけど、荷担した侍女達が王妃の代わりに責任をとらされた。
だけど、娘が殺されて今までの不満が一気に爆発したのは、祖父――ヒュー師匠だった。
僕を連れて王宮から出てきた。
誰も、王も止めなかった。
王宮から「争いの火種」が自ら去ってくれて、向こうはホッとしたんだと思う。
それから――数年経って、王妃に罰が巡ってきた。
気付いたときにはもう、施しようのないくらい病気は進行していた。
王妃は「死」を恐れて師匠に薬を頼んだ。
娘を殺した相手に薬を渡すと思う?
しかも、今まで反省もしないで王宮で守られてヌクヌクと暮らしていたくせに。
そこでようやく王妃は謝罪したけれど、助かりたい一心で、母のことを本当に悪かったと思っていないようだった。
「……心の底から反省していれば、いや、もっと早くに謝罪していれば、師匠は薬を調製しただろうに……たとえ一時しのぎに痛みを軽減する薬だとしても……」
苦しんで死んだと聞いてる。
王妃は。
レノンはそう言った。
(ヒューさんはきっと、それを聞いて溜飲が下がっただろう。――でも、レノンはまだ、わだかまりがあるままなんだ)
「レノンは立派だわ。だって、やってきた殿下の愛人のオズワルトにも恨み言なしに薬をつくったもの。今までだって復讐してやろうなんて思わずに、一生懸命薬術師としての勉学に励んでいた。貴方の理性の勝利よ」
レノンの瞳が大きく開き、私を見つめる。
そして、くしゃりと笑った。
「……君はすごいね。いつも僕が欲しい言葉をくれる。魔術師みたいだ」
「実はわたし、魔力があるのかしら?」
「――ふっ」
「ふふ」
自然、笑いが込みあがる。
笑う場面じゃないと思うけど、そのときは笑い合いたかった。
互いの手を握りあい笑いあう。
初めて会ったときを思い出す。
あの時もこうやって、何がおかしいのか分からないのに、おかしくて笑いあった。
きっと、レノンと私はずっと仲良くやっていける。
性別が変わっても――そう、思った。
◇◇◇◇◇
「今度は一週間後に。薬そろそろないでしょ?」
「そうだった。はーい」
「その間にも、身体がおかしかったら遠慮なく呼んで」
「分かった。――じゃあ、私の胸が恋しかったら、あるうちに言ってね! 貸すから!」
私は去り際、そうレノンに言うと
「それじゃあ、僕がスケベみたいに聞こえるよ! いいです! 結構です!」
顔を真っ赤にしてそう返された。
「無くなってから後悔しないでよー!」
「はいはいはい」
呆れたように返され、私は笑いながらレノン宅を去った。
「……これ以上、ステラの胸なんか借りたら、意地悪して男になるの邪魔したくなるじゃないか」
呟いたレノンの言葉は、当然、ステラには届かなかった。




