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それって、腹が立たない人います?

 幸せの絶頂の中から一転して、私は不幸のどん底どころか沈んでいる。

 

 殿下とオズワルトの逃走劇を見送ってからの、私の記憶はない。

 いつの間にやら実家であるエリソン家に戻っていて、自分の部屋でウィデングドレス姿のままソファに座っていた。

 長く仕えている侍女のコニーが私の背中に手をあてて、寄り添うようにしてくれたのは覚えている。


 とにかく、自分の周囲の動きがこの目で見えるようになったのは二週間後だった。

 ――それも王宮から。

 グライアス殿下からの呼び出しで。

 

 私の夫になるはずだったオズワルトを奪った、にっくき相手。

 普通なら、自らの足で私の元へやってきて謝罪するべきじゃない?

 だけど、その時の私の精神状態は普通じゃなかった、というか意識はあってもない状態? というのか、耳に入るけれど思考が動かない状態だった。

 思考は動かないけれど、身体は条件反射で動くものだから「王宮からの迎え」って言われて、支度して出向いてしまった。

 コニーが心配して一緒についてきてくれて、念のために王宮で勤めている私の兄のクリフにも至急連絡をいれてくれた。

 私は放心状態のまま、王宮に出向いたわけだけど――


 対面したグライアス殿下の話に、私の頭は一気に覚醒した。


 対面した部屋には既に殿下が長椅子に鎮座していて、すぐ側にオズワルトが寄り添うように座っていた。

 不安な様子のオズワルトを慰めるように、グライアスの手が彼の腰に手を当てている。

 それを見ても何とも思わなかった私。というか目に映るだけで認識していなかった。

「よくきてくれた。座ってくれ」

 殿下に言われ、コニーに支えられるようにして私は、クッションの効いた高級ソファに座る。

「早速だが……式に乱入し、めでたい席を壊してすまないと思っている」

「……はあ」

 私は首を傾げた。

 彼の態度は横柄で、とても謝罪しているように見えない。

 殿下は偉い。それは知っている。貴族社会の常識だから。

 だけど人の結婚相手を奪っておいて、その態度は普通なのだろうか?


「ごめんねー、だけど僕は殿下だから! 何をしても許されるんだ。てへっ」

 って舌出して馬鹿にする奴の陰の声が、聞こえる気分になってきた。


「だが……! どうしてもオズワルトへの愛がどうしても押さえることが出来なかったのだ! 彼の幸せを考えたらそっと見守るべきだと耐えていた……なのに、いつの間にか教会にいて……。ならオズワルトの麗しい花婿の姿をそっと見て、諦めよう! そう思っていた。……だけど、彼の決意に見え隠れした悲しい表情に、私は後悔した……。『オズワルトを幸せにしないといけない! 幸せにできるのはオズを愛し、オズに愛されている私の役目だ!』と」

「グライアス……! 僕も悪かったんです。貴方の愛を試すようなことをしたから……でも、僕を連れ去ってくれて嬉しかった、例え道ならぬ恋でも……!」

 キラキラと目を輝かせ見つめ合い、長椅子に二人仲良く座っていちゃついて……何を言いたいのだろう?

 だんだん思考が戻ってきた私。

 

 二人の寸劇が終わるころ、見計らうようにいつの間にか後ろに控えていた兄が口を開く。

「それで、グライアス殿下。どう言ったご用件で妹を呼びだしたのでしょうか? ……妹は元々気丈な性格ですが、今回のことでこちらが心配するほど憔悴しきっております。いつ自ら命を絶つかもしれないと毎日見張らせているほどなのです」

 兄よ、偉い! ここぞとばかりに嫌みを言って向こうを牽制させたわ!

 そう、私の父は侯爵で王家とも深い関わりのある家筋。

 公私共々、今の国王と密接な関係で――ああ、深い意味ではなく『昔から仲の良い友人関係』ということ。

 公私共々王家と密接な仲の娘の結婚をぶち壊したのだから、いくら王太子だとて、父親である国王からこっぴどく叱られたはずだ。

 しかも「自分は衆道です」と公に知らしめてしまった。

 どう責任をとるつもりなのだろう?


「アスだけの責任じゃないんです……! 僕が日陰者でもいいと覚悟してアスの側から離れなければ……! 愛のない求婚をして、ステラを傷つけたのは僕です……! 責めるなら僕を……!」

「オズ……! いや、お前のせいじゃない! 俺が鈍感だったせいだ。お前が俺の側を離れるまで自分の気持ちに気付けなかった、俺に全ての責任がある」

 緑の涙が揺らぎ、今にも涙が零れそうなオズワルトを殿下が強く抱き締める。

「アス……」

「オズ、愛してる。何があってもお前を手放さん……!」

 人目をはばからず抱き合い、二人の唇が重なり合いそうになったとき、兄が大きな咳払いをする。

 夢の世界から目覚めたように、はっ、とこちらを見る殿下とオズワルト。


「……それで、話はこれで終わりでしょうか? なら、ステラを連れて帰ります」

「――あ、いや。これから本題に入るところだ。クリフ、君も座ってご両親代理として聞いてくれ」

 殿下に促され、やれやれと兄は私の隣にぞんざいに座る。

 兄も殿下と親繋がりで親しい。何せ、少年時代に一緒に留学までした仲だ。

 だからこそ、余計に兄は苛立つのだろう。

 そういう私は……それは今は関係ない。


「……今回の騒動に関して、我が父である国王陛下から大目玉をくらっている。自分が招いた種だ。もちろん、式の費用や賠償金、慰謝料等は私が払う所存だ」

「請求は全てグライアス殿下宛にします」

 兄の言葉にかまわん、と殿下が頷く。

「それで……今後のステラ嬢のことなのだが……」

「代わりに、いい婿を探していただけるのですかね?」

「ステラ嬢に提案があるのだ。聞いてくれまいか?」

 グライアスの視線が、私に向けられた。

 えらく生真面目な表情で見つめられるのはいいけれど、隣のオズワルトは切なそうにこちらを見る。

 一体、なんなのだろう?

 頭が正気に戻ってきた私は、普通の令嬢のようにしおらしく殿下とオズワルトを見つめた。

 

 コホン、と一つ咳払いすると殿下は口を開いた。

「今回のことは私も、勿論、オズもステラに申し訳ないと思っている。我が父も立腹して、『衆道を堂々と周囲にばらしおって』と、こうして外出禁止を言い渡されている状態だ。本来ならエリソン侯爵の屋敷に出向いて謝罪すべきのところ、こうしてステラ嬢に出向いて来てもらったわけなのだ」

「こうして謝罪の場を設けたのは分かりました。それでもう済みましたか? ステラを連れて帰りますよ」

「いやいや、本題はこれからなのだ。まあ、聞いてくれ」

「手短にお願いします」

 兄のクリフに素っ気なく言われ、殿下はその通り手短に言った。


「ステラを、私の妃にしようと考えている」


「――はっ?」


 これには、私も兄も、後ろに控えているコニーも驚いてあんぐりと口を開ける。

「実は、今回のことが他国にも知れ渡って、これを機会にレステール国の王女との婚約を白紙に戻したのだ。……オズを私の妃にするために」

「――えっ?」

 聞き間違い? 私は兄と顔を合わせ、「いや、聞き間違いじゃない」と確認しながら頷き合う。

 オズワルトは、「妃」という言葉が嬉しいのか、ほんのり顔を染めて瞳を潤ませている。

(この人……こんなに乙女な人だったのね)

 徐々に覚醒する脳内は、突っ込みを回転させ始める。

「そうなると、問題はそう『世継ぎ』なのだ」

「ああ、そうですね。男同士では無理ですね」

 兄が額を押さえながら突っ込んだ。

 数秒、沈黙が起きた後、「まさか」と額から手を離す。


「まさかステラを……!?」


「さすが察しがいいな! そう! 罪滅ぼしといってはなんだが、ステラを我が側妃として迎えて子を産んでもらうのだ! そうすれば、ステラは好きなオズの側にいられる。オズは愛している我が元にいられる。そして私は跡継ぎを産んでもらえる。万々歳じゃないか?」


「じょーーーーーーーーだんじゃないわ!!!!!」


 私、大、覚醒!


「罪滅ぼし? 側妃になって子を産んでもらうのが罪滅ぼしなんて言わないわよ! 尻拭いというのよ!」

「オズの側にいたいと思わんのか!? 愛した男だろう?」

「ついさっきまでそう思っていました! だけど、もう何とも思って……いえ、冷めましたわ! 腰を抱かれて『妃』になんていわれて頬を赤らめている彼には!」

「な……!我が愛する者になんて無礼な!!」

「無礼? 無礼というのは、結婚するはずの相手の前でいちゃこらして、しまいには恋人の一応の結婚相手だった女を抱いて子作りしようとしているグライアス殿下です!」

 ようやく自分の言ったことに気づいたのか、殿下はそろそろとオズワルトに視線を向けた。

 オズワルトは哀しげに目を伏せる。

「……僕だって、アスの子供を産みたかった……」

 と、さめざめと泣き出してしまった。

 私はそんなオズワルトを見ているのが忍びなくて、ソファから立ちあがる。

「そういうことで、側妃の件はお断りします! ごきげんよう!」

 と大きな声で言い放ち、部屋から出ていった。


 不幸のどん底で考えたこと――女は損でしかないようだ。



 そして、『妃』となるオズワルトも、女のようにジッと堪え忍ぶ毎日がやってくる。

 それは女としての立場になるのだから、受け入れなければならないこと。


 だけど私は、彼に同情なんてしてやらない!

 自分から選んだ道なんだから、腰を据えろ!





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