レノンに化粧水伝授してもらいます
「――と、いうわけなのよ。レノン、どう思う?」
私は、別荘であったことを毎日レノンに話す。
今日は村娘に声をかけたら逃げられたことと、コニーの様子がおかしいことを話した。
村娘達のことより、私はコニーの方が心配でたまらない。
姉とも母とも思っている人だ。
それなのに、ここのところの彼女の様子に気づかなかったのは私のミスだ。
レノンは化粧水の材料を出しながら、黙って話を聞いていたが困ったように眉を寄せて私に言う。
「長く一緒にいるステラが分からないのに、僕に分かるわけないじゃない」
「だけどさ……ただ、具合が悪い様子じゃないの。だからよけい分からないというか……」
ただ、コニーの身体の調子が悪いなら私だって分かる。
だけど、何か違う。
それが自分では分からなくて、こうしてレノンに聞いているのだ。
「ここで憶測たてて話してても仕方ないと思うよ。直接コニーに聞いてごらんよ」
「……そうね。それしかないか」
私は溜息を吐き出しながら、レノンが出してきた材料を並べる。
教えてくれるのは化粧水の原液で、ヒューさんが「美人水」とつけた化粧水の元になるもの。
名前のせいか、はたまた効能のせいなのかすっごく売れたらしい。
売れすぎて追加注文が殺到したけれど、ヒューさんは薬術師でこれだけを商売にやってるわけじゃない。
かかりっきりになって、他の薬が処方できない状態に追い込まれたので生産中止にしたのだ。
「作り方を乞いにきた人って、いなかったの?」
「いたよ。出来た後、こちらの指示通りきちんと作らないとすぐに腐敗してしまうから。師匠の教えた通りにはいかなかったみたいだね。まあ、きちんと仕上がった人は自分で使うなり、売るなりしてるんじゃないかな?」
「教えを乞いにきた人からお金ももらわずに教えてたんでしょ? ヒューさんって懐大きい人だったよね」
「頓着なかっただけだよ」
そうレノンは声を上げて笑う。
笑うと途端表情が柔らかくなって、可愛くなるのに。
(いつも無表情だから、もったいないよね)
「――さて、ドライハーブもできたし。ステラ、例のもの持ってきてくれた?」
今まで材料になる、ローズマリーやペパーミントなどのハーブを採取して干す作業に追われて終わったけど、今日からいよいよ化粧水づくりに取りかかる。
私はいよいよ、ハーレムへの第一歩だとわくわくしていた。
「勿論! 別荘にいつでも常備してあるから楽勝!」
私は籠から布に巻いた瓶をテーブルに置くと布を外す。
割れたらまずい! と厳重に布で巻いてきたのだ。
外して出てきたのは――ウォッカ。
数種類のドライハーブとアルコールをいれて作る、ごく簡単なものなんだけど。
「これ、すごく簡単なんだけど……。これで失敗する人いるの……?」
ハーブがひたひたに浸かるように、私は瓶を振る。
「最初のそのハーブを浸らせる段階で空気が入りすぎたりすると、カビる」
「ひっ」
レノンに言われて私は、それはそれは丁寧に空気が抜けるように振り続けました。
「そこまでしなくていいよ」と呆れられたけど。
それから冷暗所に一ヶ月保存。
その間にも時々、瓶を振って中身を混ぜる。
冷暗所はなるべく一定の温度が保てる場所が良いそう。
「一ヶ月後に漉すんだけどしっかりハーブを漉さないと、やっぱり腐る」
「要するに作ってるの忘れてたり、課程で丁寧にやらないと駄目ってことね……」
「面倒くさがりの人は無理だろうね。今回は僕が預かるよ、作り方の再確認したいし」
と、レノンが締めくくる。
あっさりと終わったので、拍子抜け。
お金儲けと張り切っていた私――冷静になって、「自分、がめついな」とちょっと恥ずかしくなった。
それに――『薬術師』じゃなくても私みたいな普通の人でも出来るのも意外だ。
「私、レノンが魔力を注ぐのかなあ、なんて思ってた。そんなことしなくてもいいのね」
「それをやると『薬術』になるから、これができてもステラは売れなくなるよ? ステラが『薬術』を修得しているわけじゃないからね」
――ああ、やっぱりそうなのか
「以前に爆発的に売れたのって、ヒューさんが『薬術』をして売れたんじゃないの?」
「いいや、あれは今回作ったのと同じ。普通に『薬師』としての技術」
「『薬師』と『薬術師』って違うんだっけ?」
「……知らない? 『術』がつくのはたいてい魔力持ちだよ? 魔力を注いで付加価値をつけたり、依頼者の意向にそった仕上がりにするんだ」
「じゃあ、レノンも魔力持ちなのね?」
へー、と初めて知った事実に私は感心してレノンを見つめる。
私達の国は「魔力持ち」という人達が存在する。
でも、国を造るとか破壊するとか大きな力を持つに至らず、火を起こしたり重い荷物を持ち上げたり、先ほどレノンがいった付加価値をつけたりする小さなものだ。
大抵の魔力持ちは自分の魔力がどの職業にあっているか見つけ、その道に入ることがほとんどだ。
例えば「水」を自在に止める魔力があったとする。
そういう場合は水道関係に勤める。
「火」に魔力が使えれば鍛冶場とか。調理とか。
ただ、魔力持ちなんて人口比率から言ったら本当に、ごく僅かしか存在しない。
なので、ほとんど王宮が勧誘して手中に治めてしまう。
平民達にはほ、とんどその加護は渡ってこないのが関の山。
それを考えたら――ヒューさんは平民達には貴重な存在だったわけで……。
そして、レノンだって……
「ヒューさんが亡くなって、王宮から勧誘とかやってこなかった?」
「きたよ。断ったけど」
「もったいなくない?」
途端、レノンの目が剣呑になった。口調も厳しくなる。
「冗談じゃないよ、あんな主導権争いの絶えないドロドロとした場所に居着きたくないね」
「それは、わたしも同意。王宮作法とか細かいし。知ってる? お茶会に呼ばれたら初参加の令嬢は一番最後に登場しなくちゃいけないの! 全員揃うまで隠れて待っていなくちゃいけないのよ? しかも、『お近づきのしるし』って扇まで用意しなくちゃいけないし! 扇を渡したら渡したでセンスがどーのこーのって陰口言われてさ!」
思い出すとイライラするわ!
「男になる決意して良かった!」
「確かに女社会って、男には分からない常識が存在するよね」
「でしょ!?」
肩を怒らせてプンプンしていたら、突然レノンが吹き出す。
「な、なに?」
「いや……ステラって本当、自由だねって……」
「よく言われます……」
「でも、そこがステラの良いところだと思ってるよ」
先ほどの殺気の籠もった眼差しはどこへやら。
重たい前髪越しに見える笑顔は、男になりたいと願う私でさえ眩しく見える。
「……ねえ、レノン」
彼に聞いていないことがあった。
今、思い切って聞いてみよう。
「わたしが男性になっても……友達でいてくれる?」
笑顔から驚いた顔になって、深刻な顔にレノンは私を見つめる。
「勿論、そのつもり……。ステラは? ステラもそういう気持ち?」
――ソウイウキモチ?
一瞬、胸が凍り付いたようになった。
それに気付いてすぐに氷解したように鼓動が鳴る。
(何……? どうしたんだろう、私)
「どうしたの? 顔が青い」
私の様子にレノンが顔を覗きこんでくる。
蒼く澄んだレノンの瞳が私の顔のすぐ近くにあって、今度は逆に胸が熱くなる。
「だ、大丈夫!」
私は慌てて笑顔を繕った。
「そう? 身体の調子が少しでもおかしかったら言ってよ? 結構身体に負担のかかる薬服用してるんだから」
――あ、そうか。きっと薬の服用のせいか。
違う気がするけれど、そのときの私は無理矢理そうだと決めつけた。
「とりあえず、その化粧水は一ヶ月後だから。できたら連絡する」
「う、うん」
返事をして、ふと、思い出したことがあってレノン言った。
「――そうだ。女性になる薬の方なんだけど、結局一粒も飲んでないの。いらなそうだから、今度返すわ」
「そうだね……あれ、一ヶ月分だから……半分くらい返してもらおうかな……」
「全部いらないわよー」
「念のために持ってた方がいい。たとえば――両親がいきなり訪ねにきたときとかどうするの?」
「……ソウデスネ」
確かにそうだ。両親のこと、忘れてた。
今後、両親とどう対応するか兄と相談しないと。
まだまだ課題がたくさんある。
(今は、コニーのことも心配だし……)
溜息をつきながら瓶を籠に押し込んでいると、
コンコン
と扉を叩く音がして驚く。
訪問客だ。
――でも、扉の向こうの声に私もレノンも慌てに慌てる。
「突然すみません。キャロウ、オズワルト・キャロウです」




