兄に男として「新人」教育されます(1)
見事な一頭の馬に跨がって青年がこちらに向かってきている。
兄・クリフの愛馬だ。
「お兄様がいらっしゃたわ。早いわねー」
「お手紙を届けたのは昨日の朝でしたから、読んですぐにこちらに向かったんでしょう」
「お仕事、暇なのかしら?」
王宮に勤めている兄だから、そう易々と休みが取れるとは思わないんだけど。
「何をおっしゃいます。可愛い妹からの相談の手紙ですよ? 死線をかいくぐってでも来てくださいます!」
「……というか、十中八九『妹の頭がいかれた!』と慌ててのことだと思う」
――色々と思うことがありまして、男になろうと思っております。それについて元から男の性を歩んでいらっしゃるお兄さまから、ご指導を頂きたく存じます。
手紙を兄宛に書き直してしたためたから、普通の神経じゃ吃驚するわよね。
ドカドカと、革靴を踏みならす音と
「ステラ! 頭の具合は大丈夫か!?」
兄・クリフの声。
「ほらね?」
「ステラ様はいったい、どのようなお手紙を書かれたんです?」
「正直に書いただけだって……」
「日頃から真綿に包んだような物言いをなさるようにと、あれほど……」
「言ってないから。書いただけだから」
「ステラ!!」
バン! と扉が破壊されたんじゃないかと心配になるほど豪快に開けて、お兄さまが入ってきた。
私の姿を見て、ホッと安堵の顔を浮かべる。
「何だ、変わりないじゃないか」
そう、にこやかに私に近寄る。
「お兄様、私の手紙を読んでこちらに?」
「そうだよ。突拍子もない内容に慌ててきたんだ。いくらオズワルトとの結婚が駄目になったからと『男』になろうなんて……というか、ステラおまえは女なんだから、服や形で誤魔化しても難しいんだぞ?」
「その点はご心配なく、お兄様。見かけだけでなく身体も男になるつもりです」
「……はっ?」
「なので、お兄様にご協力いただいて、男としての教育をお願いしたいんです」
「何を言ってるんだ」と苦笑する兄は、やはり信じていない。
というか、「こいつ、やばい」という表情さえ混じっている。
「……まだ、時間はそうもたないですけど『男』になれますよ。私」
薬を飲んで(というか、食べて)十日。
レノンの言うとおり、少しずつ男でいる時間が増えてきている。
変化する時間もおおよそ掴めるようになっていて、兄がちょうどいい時間に来てくれたことに私は感謝した。
「ステラ、しっかりしてくれ。それは幻視だ。ステラがそう思いこんでいるだけで幻なんだよ?」
「とにかく、お茶でも飲んでしばらく待ってみてください」
ニコリ、と微笑む私とコニーを交互に見て、兄は不信感ただ漏れの様子でいた。
◇◇◇◇◇
「そろそろ……コニー」
変化は、まもなくやってきた。
私はコニーに声をかける。
彼女は心得たように用意してあった男性の衣装を私に預ける。
「どうしたんだ? ステラ……?」
身体を抱え込むようにする私に、兄は駆け寄る。
「コニー! 急いで医者を!」
私の様子に尋常じゃないと思ったのだろう兄は、コニーに言いつける。
「お兄、様……大丈夫。それほど痛みはないから……」
ただ、むず痒いのよね。これ。
「――あ、もう着替えないとまずいわ」
「ステラ、着替えてる場合ではないだろう! コニーも早く医者を!」
「大丈夫だって言ってるでしょ! 服破けちゃうから、手を離して着替えさせてよ!」
私は兄をふりほどき、隣の部屋に駆け込んだ。
「コニー! どうしてあんな状態のステラを放置しておくんだ!」
「しばしお待ちください。ステラ様の言ってることが幻視かどうかお分かりになります」
「コニー、お前までおかしくなったのか?」
呆気に取られている兄の声。
その後、ドン、ドン! と私がいる扉を叩く音がする。
もう、乱暴だなあ。待てができないの? うちの兄は。
「開けなさい! ステラ! 開けないと扉をぶち壊すぞ!!」
「少しが待てないの!? 着替え中なんだからね! そんなに見たいの!?」
頭にきて言い返したら、すぐに静かになった。
そりゃあ、妹とはいえ女性の着替え中だと思っているものね。
「……あっ、声……」
変化が進む。急いで着替えないと。
むず痒さに耐えながら男性の服に着替える。
その間の変化は急激だ。というか、日増しに早くなっていく。
一度変化の兆しが表れると早い。
「――ふう」
鏡の前に立ち、自分の姿を確認すると緩く髪を縛る。
自分でも惚れ惚れするわ~。
すっごい美形の若者!
兄に似てるけど、私の方がいい男だ。
(この艶のある顔といい……どうして私、最初から男に生まれなかった!)
だったら今頃、きっと美しい女性達に囲まれた優美な生活だったはず!
「……ステラ? おい、本当に平気か?開けていいか?」
兄が扉の向こうから、ものすごーく不安そうな声で尋ねてきた。
「そっちに行きます」
私は男の声で返事をすると、扉を開けた。




