これが秘薬――性転換の薬(5)
「……と、いうわけなの」
意識を取り戻し、一通り私の説明を受けたコニーは盛大な溜息を吐き出す。
なんて言っていいのか、かける言葉も見つからないというように。
明らかに、コニーは明らかに。
「呆れてる……でしょ?」
「当たり前です。結婚が破棄になったからと言って、どうして『男になる』という発想になるんですか? そこは『元結婚相手よりもっと素晴らしい相手を見つけて結婚! おほほ、ざまあっ!』でしょう?」
「だって、結婚相手は『美形』を集結させたような美青年で、その恋敵は国最高の権力者の二世よ? それ以上の相手といったら国王・御歳五十歳しかいないじゃない。後は他国に嫁ぐとかだけど、結婚式で花婿に逃げられ悪評がついた花嫁なんて、どこも娶ってくれないと思う」
「……そんなこと」
「そりゃあ、物珍しさに『嫁』になんていう人が出てくるかもしれない。だけど、オズワルトほどの美形なんてまず求婚にこないし、へたすればスケベでがめつい親父とかの元に嫁がされるかもしれないのよ?」
「流石に旦那様のエリソン侯爵が、そんな方と縁づけるとは……」
「甘いわよ、私が歳をとって修道院に閉じこめるよりかは、なんてそんな奴と縁づける可能性だってなくはないの! 貴族なんて、プライドと偏見と名誉のためになりふり構わないんだから!」
コニーの反論を私は畳みかけるように、言葉を遮る。
ここでコニーだけでも理解してもらって協力してもらわないと、この先色々不都合だ。
いずれ近いうちに話すつもりではいたけど、こんなタイミングでばれるとは思わなかった。
(男性としてかっこいい姿の私を見てもらって『男になった方が素敵!』と賛同してもらうつもりだったんだけど)
真っ裸な男の私を見られて格好悪い……
しかも、あのもっこりまで見られて……
「本当に男になるおつもりで?」
「ええ」
コニーがおそるおそる尋ねてきて、私ははっきりと答える。
「旦那様や奥様、それにクリフ様になんてお話をするつもりです?」
ええと、弟は茅の外かな? まあ、普段あの子は留学してるしね。
「できれば、完全に男性になるまで隠しておきたいのよね……」
おそらく、父や母はそうちょくちょく別荘に来ないと思うし、兄や弟はもしかしたらくるかもしれない。
でも兄弟なら、両親よりも説得しやすいだろうと見込んでいる。
「まず説得するならお兄さまだけど……それはこちらからでなく、向こうから別荘にきて、それから話すでもいいかな?と」
「クリフ様を味方にするなら、早い方がいいと思います」
「コニー……」
コニーの方から提案してくる、ということは――
「……私が男性になること、賛成してくれるの?」
コニーはゆっくりと息を吐き出し、頬に手を当てる。
「数日前から『男になってもコニーは私に仕えてくれる?』とか聞いてきて、おかしな事を言うな、と思っていたんですよ。……男装でもして疑似生活をするのかと軽く考えていましたけど……ステラ様は真剣だったんですね」
「うん……」
じわり、とコニーの目から瞬く間に涙が溢れていく。エプロンで顔を覆うとワッと泣き出した。
「そんなに傷ついていたなんて……ステラ様! お可哀想に!」
「コ、コニー……、そんな泣かないで? なんていうか、私にとっての『ざまあ』なのよ!ねっ?」
親以上に思ってくれるコニーだから、どうにか理解してくれて協力してくれることになったけど――
泣きやむのにすっごく時間がかかった……
◇◇◇◇◇
夜になると森は魔物の巣窟になるという――
そんなまことしやかに囁かれるも、人は己の矜持のため、または欲望のため、命の糧のため、勇気を振り絞り夜の森の中へ入る。
今夜も一人、森の中へ……
その者は長いマントで身体を覆い、付属のフードを深く被り顔を隠していた。
それは、恐ろしい魔物から身を隠すようではなく、自分の正体を魔物さえも見られたくないというように訴えているようにも見える。
馬から降りて深い森を歩く、カサカサと雑草を踏む音しか聞こえない。
たまに「ホー」とフクロウが脅かすように鳴くと、その者はビクリと大きく肩を揺らしたが、引き返すつもりはないようだった。
そのうち、森の中に建てられた一軒家にたどり着く。
窓から溢れる光にその者は安堵し、足早に光に向かうとコンコン、と戸を叩く。
しばらくすると、扉の向こうから「どなた?」と声が聞こえた。
扉の向こうの人間は、こうして夜中に人が尋ねてくることに馴れているようだ。緊張感のない、ゆったりとした声。
「先日、手紙を送ったオズワルトです。ヒューさんはご在宅でしょうか?」
ゆっくりと扉が開く。
応答に出たのは弟子のレノンという若者だ。
「……お久しぶりです。オズワルト様」
「お久しぶりです。レノンくん。あの、ヒューさんは?」
「半年程前に亡くなりました」
レノンは静かに答える。
その応答にオズワルト、は酷く動揺した。
この世の終わりを見たかのように真っ青になり、大きく身体を震わせる。
「では……!『あの』薬はもう……!?」
「ご心配なく。オズワルト様からお手紙をもらってすぐに僕が作りました」
「君が……?」
ええ、とレノンは頷き一旦家の中へ入るとすぐに瓶を抱えて戻ってきた。
「師匠が亡くなる前に、本人から継承されました」
それを見てオズワルトの顔が瞬く間に紅潮し、奪い取るように受け取る。
「『やっぱり必要になったから』とお手紙を頂く前にちょうど、別件でも薬が欲しい、という方が現れて多めに作っておいたんです」
「そうでしたか……」
「処方箋のメモも一緒にお渡ししますね。くれぐれも間違わないように」
分かった、とオズワルトは神妙に頷くと懐から金貨の入った袋を手渡す。
「……レノンくん、このことはくれぐれも内密に」
思い詰めた彼の声音にレノンはゆっくりと頷いた。
「勿論です。この薬じたい、世間に知れたら一悶着どころじゃありません。なので、オズワルト様もどうかこの薬のことは誰にもお話にならないように……」
「分かった。肝に免じておく。夜遅くにありがとう」
「お気をつけて……」
オズワルトは、ずれたフードを深く被り輝く金髪を隠すと、踵を返し森の闇へと消えていった。
「……まったく。あの人は、愛してる人をここまでさせることに気づきもしないなんて」
王家に関わると碌なことにならないのに、レノンはそうぼやきながら扉を閉めた。




