これが秘薬――性転換の薬(4)
お昼を食べて、暗くならないうちに帰宅する。
結局、レノン宅では男に変化は遂げず――
(本当に男に変化するの?)
全く身体の変調が起きず、疑心暗鬼になってくる。
別荘に戻ると気が抜けたのか、眠気に襲われコニーに軽く摘める夕食にしてもらい、とりあえず横になることにした。
(ん……?)
寝返りをうった時、身体に違和感が……
それも下半身。
(もしかして!?)
寝台から跳ね起きて、おそるおそる違和感のある「そこ」に触る。
「うわっ! 何これ!?」
今までなかったものが……
もっこり。
「えっ? えっ?」
寝衣の裾をそーっと上げて、もっこり部分を見て
「……わっ」
とまた裾で隠した。
「……」
何だ? これ?
今度は、じっくりと見た。
男の性器だ。きっと。男の性器に違いない。
だけど、今まで見てきたものと違う。
弟のはもっと、だらんとしていて小さかった。子供の頃だけど。
「……どうして私のは、こんな大きいの? しかも立ち上がってない?」
しかも、血流がそこに集まってるように熱くて痛い!
ええと、どうしたら? 軽く混乱する。
(み、水で冷やす……?いや、そうしたら鉄みたいに強固になったりしない?)
これが第一の試練とは!
「……待って? これがついてるってことは!」
痛いだの膨らんでるだのって混乱していたけど、今の自分の姿を確認したくて姿見の前にダッシュする。
「……やっぱり! 私、男になってる!」
鏡に映し出された私は――
首が太く、肩幅が広くなってる。
鎖骨が深くえぐれて、とてもセクシーだ。
顔も男らしく精悍でありながら、元の繊細さも失われていない。
手も腕も、今までと違い太く節々がでている。
だけど、無骨な感じじゃない。指が長くて洗練された手。
「ふわあ……」
気付かなかったけど、声まで低くなってるわ。
テノールの上の、軽く柔らかい音質に、どこか甘い。
私は鏡に顔を近づけて触れながら、細かい部分までじっくりと確認する。
「……わぁ、よく見ると髭、濃い! おもしろーい! 頬がごつごつしてる。これが喉笛……こりこり」
ふーむ、と少し離れて全身をチェック。
背も伸びているみたいで、寝衣の裾が膝丈になってる。
だけど……
「お兄さまに似てるわ……、私の方が美形だけど……」
兄妹だからだけど、よく似てる。
ストロベリーブロンドの髪はいつもより艶やかで、やや彫りが深くなった顔に彩りを添える薄茶の瞳は、アーデン国では美人の代名詞である緑がかった色になっている。
寝衣が今の姿とチグハグなので、脱いで再度、全裸のまま姿見の前に立ち自分の体型に惚れ惚れする。
身体付きは――余計な肉なんてついてない。スマートで均整がとれている。
なのに二の腕に力を籠めれば、力こぶがしっかりできる。
これは細マッチョという身体付きなのかしら?
「うーむ……。素晴らしい……」
鏡の前で、意味もなくマッチョポーズをとる。
(でも、どうして女の私よりずっと美形なんだろう……? ――!そうか!)
女性の私でいるより、男性の私の方が美形になる運命なんだわ!
(なら、やっぱり男になる決意して正解じゃない!)
ハーレムの光明が見えてきた!
……ちょっと、下半身のブツが邪魔だけど。
(……これ、ずっとこのままなのかしら? でも、さっきより落ち着いてきた?)
男の仕組みもよく勉強しなくちゃいけないなあ、なんて考えていたら――
コンコンと扉を叩く音に私は縮みあがった。
「ステラ様、お食事をお取りになりました?」
(やっば! コニーだ!)
「ま、まだ眠いから……! そっとしておいて!」
言い訳してヤバい、と気づく。
今の自分の声は男の声じゃない!?
「……ステラ様? お声が……お風邪を召されたんじゃないんですか?」
心配そうなコニーの声が返ってくる。
私は罪悪感を感じながら
「ゴ、ゴッホ……、そ、そうかも……! 喉が痛くて……うつすといけないから入って来ない方が良いわ! ゴホン、コホ、もう大人しく寝るから心配しないで!」
と答えた。
「心配しないでって……。そんなことできるわけありません! お顔を見せてください」
というコニーの声と同時、扉が開いた。
……鍵、掛けておくべきだった。
「……」
「……」
私とコニー、目が合ってしばし沈黙。
「……クリフ? 様……? どうしてステラ様のお部屋に? いえ、いつここにいらっしゃた……」
コニーの視線が下へ下へ、私の下半身に移動する。
「――!? キッ……っ!」
全裸の私を見て叫び声を上げようとしたコニーに全力で走って、彼女の口を塞ぐ。
「大きな声あげないで……! 他の使用人が来ちゃう!」
「??? ……あ、貴方……っ? だ、誰です……? クリフ様じゃ……!?」
違和感を感じたらしい。コニーはすぐに兄でないと気づいた。
「叫ばないで! 説明するから」
「こ、この……! ステラ様は? ステラ様をどうしたんです!?」
「だから……! 静かに! 落ち着いて!」
「この! 変態! 全裸でステラ様の部屋に侵入してくるとは……!」
暴れまくるコニーを必死に抑える。
「私ステラ! ステラなの! 男になったの!」
「そんな嘘……! 信じるわけ……?」
その時――ナイスタイミング。
身体が萎んでいく。
言葉で表現すれば、本当にそんな感じだった。
コニー抑えていた腕は、先ほどの半分ほどに。
声はいつもの女性の高い声に。
目線の高さもいつも、コニーを見つめる角度になっていく。
それはコニーの目にも明らかだったようで、怒りと恐怖に彩られていた顔が、瞬く間に驚きに変わり――真っ青になっていく。
「ス、ステラ……さぁぁぁぁぁぁまぁぁぁ……」
妙に間延びして私の名を呼びながら気を失ってしまった。




