これが秘薬――性転換の薬(3)
「あのさ……先週もあったよね? 短剣」
テーブルに置かれた食事――牛肉の煮込み、今朝焼いたパン、ケーキにパイ。芳しい香りと美味しい食事。
そこに短剣がどん。
「これ、実はマジパンとか……って、まじ短剣でした」
持ち上げてずっしりとした重さにレノンは、そっと短剣を卓上に戻す。
「リンゴがあるなら、せめてナイフとかにすべきじゃないの? 剥きづらいよ」
「男らしくガブッていくの――こんな風に!」
私は鞘から短剣を抜くと、リンゴにぶっ刺した。
「はいどうぞ」
そのまま短剣ごとレノンに差し出す。
「……食後に頂きます」
刺さったままリンゴをレノンは放置。
だってねー。
まさか「レノンがいつ狼になっても抵抗できるようにコニーが持たせました」なんて本人にいえないでしょ。
まず最初に、男になる薬を服用。
薬を包むお菓子はゼリーだから、噛まなきゃいけない。
最初、カリ、次にシャリ、とした歯触りのあと、甘くて優しい味が口の中に広がる。
「わぁ……このゼリーおいし……っ! ぐぉ……っっ!」
初めての感触のお菓子に感動していたら、すぐに強烈な苦みに襲われた。
「ぐっ……に、にがぁ……! 甘い! 苦い! また甘い! うわぁ……! どっちかにしてぇ……!!」
噛めば噛むほど甘さと苦さが渾然として、結局――苦さが勝った。
その間、私はジタバタと足踏みしながら、吐くまいと口を押さえながら噛み続ける。
その辛さ!
「水……」
レノンが親切に水を持ってきてくれて、私は一気に飲み干した。
「……あの、レノン。追加があった時は、飲み込める錠剤とか粉末とかにして……」
「……考えてみます」
まさかの私の苦しみに、思うところがあったのかレノンは考え直してくれた。
頼むわ、これ。悶絶するレベルじゃないです。
温めなおしたブラウンソース味の牛肉の煮込みに舌包みを打ちながら、レノンの説明の中で気になった部分を尋ねてみた。
そう、私の前に依頼されたという性転換の薬は、いったい誰が?――という疑問。
「私の前にも性転換の薬を依頼したっていう人。今は立派な男性になっているの?」
「男の方じゃないんだ。女の方の薬を依頼されたんだよ」
「じゃあ、今頃は女性になっているわけね」
私の言葉に、レノンは首を横に振った。
「ううん、結局、諦めたんだ。依頼を取り消しにきたんだよ」
「そうなの? じゃあ、そのまま男として生きることを選んだのね」
「……そうだね、今のところ」
「今のところ?」
「うん、今のところ」
彼の含みのある言葉に、私は首を傾げる。
薬術師のレノンだ。患者のプライバシーに関わる内容なんだろう。
それ以上「女性になりたい男性」のことは話してはくれなかった。
私も無理に聞くこともない。
「この薬って、その彼の依頼で考えて作ったわけ?」
「違う」とレノンは言葉を続ける。
「元々、間諜活動とかに使用するために調合したらしいよ。性別自体を変えて間諜先に潜り込めば、いざというときに逃げられるし、正体もばれないということで」
「うわ、物騒。でも、結局使われなかったのね」
「うん。ぱっぱと、そんな都合良く性別切り替わらないでしょ? 大事な場面でそんなんじゃ捕まってしまうし」
「そうね」
そんなすぐに性別変わる薬だったら、今頃私の手に渡っていなかった。
本当に「秘薬」として王宮の一部の人にしか、知られなかったものなんだ。
「……まあ、間諜用に調合したから、ちょっとお得な作用もある」
「――えっ? なに?」
身を乗り出してレノンに尋ねてきた私を見て、レノンは
「変化してからのお楽しみ」
と、ちょっとだけ口の端をあげた。




