サロン・ドゥムン
フットマッサージはお好きですか?
音楽が小さく流れる。
その音楽はガムランという、バリの伝統音楽だ。
これが店主の趣味らしい。
「お待たせいたしました、どうぞこちらへ」
言い終わると共に、微笑む。
「あぁ」
俺は素っ気なく答える。
「こちらでお着替えを願います」
そういって、着替えのロッカー室、脱衣所にロッカーがある。
ロッカーの鍵は、ブレスレットになっているので、着替えて、鍵をかけたら、腕につけて。
「着替え終わりました」
マッサージチェアをくるりと回して、彼女は座るのを待っている。
ギシ
椅子に座ると。
足を置く、フットレストが出てくる。
「すみませんが、こちらに足をお願いします」
足をあげる。
「椅子をお倒しします」
ギュ
天井しか見えなくなる。
「足をお洗いいたします」
お湯の入った専用の容器をフットレストの下に置いた。
チャポン
右足を入れ
チャポン
左足を入れる。
ちょうどいい温度がじわりじわりと、そしてこの店の怖いところは、薄暗く、ガムランが流れ、また時間がわからないことだ。
普通は、何分いくらなのだが、ここは値段は変わらないが、結構時間が長い。
「本当にほぐすとすると、二時間ぐらいは見ていただければいいと思いますが」
前にそう言われたことがあるので。
「今日はこれから予定がないとで、思う存分お願いします」
なんて言ったら。
「ではそうさせていただきます」
彼女は微笑む。
チャポン
お湯から足をあげられて、タオルを巻かれる。感触からいって、結構いいものだ。出張でたまに使えるいいホテルにありそうだ。
「始めます」
彼女の指が足に触れた瞬間、指が足のツボにストライクに入った。
はぅ!
そうそう、これこれ、これが俺がこの店の常連になった理由で、他の奴には教えない理由だ。
彼女は普通の人に見える、地味な格好をしているし、この店もわかりにくいところにある。
正直、一番最初は何の店かわからなかったが。
たまたま彼女が出てきた所。
「ここは何の店ですか?」
何せかなりレトロな作りをしているのだ。
「マッサージをしています」
その時はへぇ~だ。
建物も昔は歯科だった、もう洋館で、雨が降って雨宿りをしようものなら、殺人事件などが起きそうな建物なわけです。
またわかりにくいのだが、門の中に値段表がある。
『一時間以上~5000円』
値段表を見た後、彼女を見ると。
「この値段をいただいています」
というのだ。
まあ、そんなに悪くはない値段というか、マッサージの相場はだいたい十分1000円だから、それを考えたら、安い。
後は…
腕がいいかだ。
腕がいいならめっけもの、たまたま仕事が速く終わったので、あの洋館が見えた瞬間。
(行ってみるか)
勇気が出た。
カランカラン
ドアのベルが古めかしく鳴る。
「いらっしゃいませ」
「あの、予約してないんですが、マッサージ出来ますか?」
「はい、大丈夫です」
中は歯科だっただけあって、待合室があるのだが、リフォームしてある。 外観と同じぐらい古いのならば、床がギシギシ言うのだが、それがない。
ピク!
不意に足のツボが深く入って、まどろみから覚醒した。
「ここは胃ですね」
思い当たる節はたくさんある。
そしてちょっと情けなくなった。
この店主さんは、手がとても小さいのだ。子供のような手をしている、そんな彼女の、たった一時間かそこらで、日頃の疲れとかが、みんな無くなってしまう自分が。
(俺、何やっているんだろうな)
そんな気にもなる。
疲れていないはないが、この不快を持ち合わせたまま仕事や付き合いに走って、休みの日は寝るだけだ。
それでも疲れは多少残っている。
クッ
親指の第一関節を曲げて、足のツボに指の力がダイレクトに入っていくが、これが効くのだ。
クッ
指が入ると、声が出そうになる。
「目も、肩もお疲れですね」
彼女を前にして、健康な人間は存在するのだろうかとさえ、疑問が出てくる。
「マッサージをした後に、温かい物をお出ししますが、栄養バランスも考えると宜しいと思います」
「野菜を食えって?」
「それもそうですが、お客様はそちらも気をつけていただきますと、体が生まれ変わりますよ」
「本当?」
「ええ…」
彼女のマッサージは快楽だ。
「食べ物も変えますと、もっと気持ちいいですよ」
などと言われたら、もう変えることにする。上手く行かないかもしれないけども。
「体が動いてしまって、気分が悪くなられるかもしれませんが、その後びっくりなりませんように…」
えっ…と思った後、いきなりぐらりと、世界が落ちていくような感覚があり、意識が遠くなった。
「ありがとうございました」
目が覚めたとき、まるで重力を忘れたように体が軽かった。
何が起きたかわからないが。
(このお店は、体の調子が悪くならないと、来れないからな)
早く悪くならないかななんて、不謹慎な事を考えて、帰り道、コンビニ見つけたら、野菜ジュースを買った。
店の名前はガムランの楽器である。
ドゥムン
『サロン・ドゥムン』
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