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第2部 Chapter4 <1>

 薄暗くなったリビングのいつもの毛布の上に琥珀は丸まっていた。

 星矢にただいまと声をかけられて立ち上がろうとした琥珀は、小さくキャンと鳴いてよろけて倒れてしまった。

「琥珀?どうした、どこか痛むの?」

 星矢はあわてて駆け寄った。具合の悪かった後ろ足が、わずかにねじれていた。

「病院に行かなきゃ。」

 岬が上ずった声で叫んだ。

 星矢が運転する車の後部座席で岬が毛布にくるんだ琥珀を抱いて、かかりつけの動物病院に向かう。

 今では中堅の医師になっている薄井が、琥珀を診察してくれた。

「右の膝、前から関節炎だったけど、今回は骨粗しょう症が原因の複雑骨折ですね。残念だけど、もう歩くことは難しいでしょう。がんばって歩こうとすると、他のところに負担がかかるから。あと、肺に少し水がたまってきている。呼吸が苦しそうなのはそのせいだ。ごはんは、あげてみて食べるようなら少しずつゆっくり食べさせてあげてください。それから、もし仕事で家を長く空けるのが心配なようだったら、今は老犬ホームもあるし、良かったら紹介しますよ。」

「痛みを止める方法はないんですか。しばらく前からずっとつらそうだったけど、今回は・・・。」

 目の前の診察台に横たわった琥珀は、足の痛みなのか、全身のつらさなのか、絶えず小さくぶるぶる震えていた。息も苦しそうにあえいでいる。一刻も早く、楽にしてやりたい。

「痛み止めは、この年齢ではリスクが高すぎます。肺の水を抜く処置も。でも、どうしても見ていてつらいのならば。」

 そこで薄井はいったん言葉を切って星矢を見つめた。

「人間には許されていないけれど、飼い主の決断で出来ることもあります。」

 星矢ははじめ意味がわからず、言われたとおりの言葉を頭の中でもう一度組み立ててみた。

「それは・・・?」

 安楽死?目で問いかけ、目が応える。

「何、言ってるんですか。琥珀は、昨日までふつうに元気にしてたんですよ。今だってこうして、ちゃんと生きてるじゃないですか。歩けないぐらい、どうってことない。」

 そう言い募る星矢に、薄井はうなづいた。

「ごめんね。一応、獣医師として伝えることになっているんだ。少しでも痛みを和らげる方法はいくつかあるけれど、あまり効果は期待しないように。君のほうが精神的に参ってしまったら元も子もないからね。」

そして、岬を見てほほえんだ。

「助っ人もいるみたいだし、琥珀が行けるところまで一緒に見守ろう。」

 そう言って、薄井は星矢の肩をしっかり叩いた。

 琥珀は薄目をあけて横たわっている。

 呼吸は早く浅く、右の後ろ足に巻いたテープの白が痛々しい。

 目の前が暗くなるのを振り切るように星矢は顔を上げ、薄井をしっかり見つめた。

「家で、ずっと面倒を見ます。介護の仕方、詳しく教えてください。」



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