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第2部 Chapter 1 <4>

 星矢は気にすることはないと思ったが、女性が多い職場では取りざたされることもあるようだった。

 その後しばらくして、古株の中年の女性職員に、

「あの子はお父さんの顔も知らないらしいよ。どこかの島の出身なんだってさ。島って、ほら、いろいろ事情がある人がよく住んでるって言うからねえ。」

と、したり顔で言われたことがあった。

 そういう物言いは好きではなかったが、新人時代世話になった人なので頭が上がらない。

 そうなんですか、と軽く受け流したが、あまり気分はよくなかった。

 星矢は、人のことをあれこれ気にしない癖がついていた。

 琥珀との暮らしが長かったからかもしれない。

 人間関係で時々愚痴をこぼす星矢に、琥珀はあきれてよくこんなことを言っていた。

「人間は言葉がある分、ややこしくて困るね。

私たち獣は、何をどうするかが全てだからね。

相手を見りゃ、どんなやつかだいたいわかるだろう。

誰かに危害を加えたりしなきゃ、仲間として合格と見なしていいんだよ。

いちいち好きだの嫌いだの言ってたら、暮らしが成り立たないじゃないか。」

 そんな単純なことではないんだ、と思う一方で、それが意外と賢い世渡りのすべなのかもしれないと納得することも多かった。

 だからいつの間にか星矢の人間観は「群れの仲間としてどうか」という、獣めいた価値観になっていた。

 そう思うようになると、人間関係のトラブルはほとんど星矢の周囲をよけて流れていくようになった。

 岬はいつも機嫌良くてきぱきと働いていたし、愚痴をこぼしたりよけいなことを言ったりもしないので、目立たない割に回りからあてにされ、いつも忙しくしていた。

 その姿がすがすがしくこちらまで元気をもらうようで、星矢は仕事でホームを訪れるたびつい岬を探してしまうし、見つけると目で追ってしまう。

 そんな星矢も、今日は老人ホームの午後のレクリエーション代行のためにここに来ているのだった。

 特別養護老人ホームは重度の入所者が多く、リハビリと言っても病院と比べて圧倒的に現状維持を第一義としている。

 刺激のない施設での生活はともすれば単調になり、心身の能力が衰えて来がちだ。

 するとますます重度になる。そしていずれは寝たきりになってしまう。

 それを少しでも食い止め、出来るだけ長い間今持っている能力を、それがたとえスプーンで自力で食事が出来る、ゆっくりでも立ったり座ったり出来る、という程度のものであっても、維持できるように生活プログラムにレクリエーションという形で取り入れていく。

 そのための午後のレクリエーションの時間だが、介護職員は慢性な人手不足でぎりぎりの人員配置だから、一人でも休みが出たりして職員数が不足すると、病院から星矢や薫など作業療法士、理学療法士がかり出されることになる。

 入所者の起床から朝食と排泄介助が終われば、午前中は入浴介助とその間のシーツ交換、夕食から夜勤に続く職員の引き継ぎが忙しい入所施設では、午後のひとときは職員の交代の昼休みなどで手薄になりがちだ。

 病院の診察は午後三時からなので、ちょうど空き時間になる星矢達がかり出されることは半ば習慣になっていた。

 だからホームの職員とはほぼ全員顔見知りだが、中でも岬は五月に入ったばかりで初めのうちはいろいろ聞かれることも多く、星矢や薫がつい目をかけて手助けやアドバイスをしている内にすっかりうちとけた仲になっていた。

 薫も自分が見た目で判断されることが多いからか、岬の噂が耳に入ってからはきっぱりと岬の側に立ってやっていた。

「私だってね、今のスタイルになるには紆余曲折あったわよ。人と違うのを堂々と見せるのってけっこうしんどい。」

 薫が自分らしさを前面に出すようになったきっかけは、学生時代つきあっていたガールフレンドだという。

「向こうは本気で私のこと好きになってくれたから、すごく傷つけちゃった。自殺未遂されて、お互いしんどかったわよ。とってもいい子だったから・・・。」

「今はどうしているの?」

 つい心配になって尋ねた星矢に、さばさばと薫は答えた。

「とっくに結婚したわよ。三人の子持ち。」

 年賀状のやりとりは今でもある、そう言って笑う薫を星矢はかっこいいなと思ったのだった。


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