第1部 Chapter 1 <3>
翌朝は少し曇って肌寒かったが、沢渡家の三人は待ちかねたように琥珀を散歩に連れ出した。
犬を飼うのは、稔も直子も初めてだ。
おっかなびっくりハーネスをつける間、琥珀は大人しくじっとしていた。
ハーネスにつけたリードは、星矢が持った。
早朝六時、まだ肌寒い中親子三人で並んで歩く。
脱走癖があると聞いたからには、用心して最初は三人体制だ。
首輪もちゃんとつけた。
こんな風に三人で歩くのは小学校の入学式以来だ、と直子ははしゃいだ。
前に住んでいた団地が遠くて良かった、と星矢は何人かのクラスメートの顔を思い浮かべながらほっとしていた。
犬はいいが、両親と一緒のこんなところを見られたら、恥ずかしくてたまらない。
稔はジャージ姿にジャンパーを羽織り、眠そうにあくびをしている。
昨日と今日は久しぶりの連休で、すっかりリラックスしていた。
琥珀はリードを強く引っ張ることもなく、絶えず人間の速度に合わせて、あちこちにおいをかぎながら少しリードがたるむぐらいの引きで歩いた。
犬の散歩に不慣れな飼い主達を気遣うかのように、時々これでいいのか、とでも言いたげに三人を振り仰いだ。
「どっちが散歩してもらってるのか、わからないわね。」
そんな琥珀の様子を見て直子が笑った。
散歩の途中で草むらで用足しをして、同じように散歩をしている他の犬とすれ違っても落ち着き払って吠えもしない琥珀は、本当に手がかからない。
広い公園に着くと、星矢はリードを持ったまま琥珀を誘って走った。
琥珀は驚くほど足が速かった。ぐるっとカーブを曲がるときなど肩が地面に付きそうなほど身体を斜めにして、まるでオートバイのようだった。
木の枝を投げてやると、空中でくわえて取った。
まるで捕まえた獲物を引き裂くように木の皮を夢中で牙ではぎとる琥珀に、三人は唖然とした。
「なんか、狼みたいね。」
「野生の血が残ってるんだなあ。」
直子と稔は感心していたが、星矢はおかしくてたまらない。
「おい、それはただの木の枝だよ。」
そういって取ろうとすると、不意に琥珀は低くうなった。
「やめとけ。かみつかれるぞ。」
稔は少し心配そうに言った。
琥珀が長い四肢を伸ばしたら、小柄な星矢より大きいぐらいだ。
本気で噛みつかれたら、星矢の腕の骨など砕かれてしまうだろう。
だが、琥珀は星矢をしばらくうなりながら見つめていたが、不意に枝を離してしまった。
まるで、「こいつはまだ子供だから、仕方がない。」と思ったかのようだった。
「さ、そろそろ帰らないと。お母さんは仕事だ。」
そう言って稔が立ち上がり、先に立って歩き出した。
直子と星矢も後を追う。
その後ろから、三人を見上げながら琥珀がついてきた。
この群れのボスが誰で、どういう順位か見定めているようだった。
そして一番小さい星矢に目を留めると、しばらくの間じっと見つめていた。