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第1部 Chapter 4 <5>

 数日後の満月の日、星矢は塾を休んだ。

 今夜は、行き違いにはなりたくない。人間の琥珀にきちんと謝るつもりだった。

 日が暮れる前にたっぷり散歩をし、久しぶりに木の枝やボールで遊んでやり、広い芝生で一緒にたくさん走った。

 ドライフードにはちゃんとかつおぶしも混ぜてやり、水も新しく取り替えてやった。

 琥珀はすっかり満足そうだった。これなら、許してもらえるかな。

 暗くなると、星矢は二階の部屋のドアをおそるおそるノックした。

 自分の部屋のはずだが、今日のところは琥珀のご機嫌伺いだ。

「琥珀、入るよ。」

 琥珀はベッドに座って化粧に余念がなかった。

 肩を半分出したルーズな黒いTシャツと、所々にスタッズが入っているデニムのクロップドパンツ。こんな服持ってたっけ。

 足元には濃い紫色の、細いヒールのサンダルがある。

 今でもいろいろ男に買ってもらってるのか。

 だが、星矢はもうそのことで琥珀を責められない。

 口紅を丁寧に塗り終わると、琥珀はじろりと星矢をにらんだ。

「星矢ったらひどすぎ!」

「ほんとにごめん。」

 星矢は神妙に頭を下げた。

 琥珀は眉間にしわを寄せて、すこぶる機嫌が悪い。

「そりゃ、あんなところで粗相しちゃって悪かったけどさ。だからっていきなりシャワーなんて、いくらなんでもあんまりよ。」

「え、そ、そっち?」

 星矢は面食らった。確かに言われてみればその通りだった。

 琥珀が水が嫌いなことも、星矢はすっかり忘れていた。

「だって琥珀、具合が悪そうだったから。それにだいぶ臭かったし・・・。」

 あわてて言い訳をしたが、臭いと言われて琥珀はますますつむじを曲げた。

「失礼ね。人間様のお鼻に合わなくて悪かったわね。それに病院。ひどい。ひどすぎる。爪切りも薬も大っ嫌い。」

 シャワーだけでなく動物病院も気に入らなかったらしい。

 けれどもずっと放置されていたことは、なぜか一言も言わない。

 そういえば、犬の時は記憶力があまりないと言ってたっけ。

 何日もえさをもらえずおなかが空いて辛かったことや、鳴いても吠えても振り向いてもらえなかったことは、全部忘れてしまったのだろうか。

 星矢はほっとする反面、そんな琥珀がよけいかわいそうになった。

 何をされても、後で優しくされればすぐにまた喜んでしっぽを振って来るのか。

 今満たされていれば、前にどんなに辛い目にあったかなんてどうでもよくなってしまうのか。

 ただひたすらごめん、と謝る星矢に一通り不満をぶちまけると、琥珀は、

「じゃあちょっと出かけてくるね。」

 と言って、ちゃっかり片手を出した。

「悪かったと思っているなら、おこづかいちょうだい。」

 思っていることが琥珀と星矢では微妙にずれている気がしたが、後ろ暗い星矢は大人しく千円札を一枚出してやった。

「サンキュー。じゃ、出かけてくるね。あ、たまには星矢も行く?」

 やっと機嫌を直してにっこり笑う琥珀を見て一瞬心が動いたが、こっちは受験生だぞ、と思い直してやめた。

「朝までには戻るから窓は開けといてね。」

 と星矢に言い置いて、琥珀は意気揚々とベランダから出ようとしたが、稔も直子もいないのに気が付いて、玄関から出るためにサンダルを片手に階段を下りていった。

 星矢は、久しぶりに見る琥珀の背中が気のせいかほんの少しおばさんぽくなったように見えた。


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