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第1部 Chapter 3 <5>

 お盆明けの平日に、沢渡家の三人は琥珀も連れて一泊でオートキャンプ場に出かけた。

 稔が見つけたそのキャンプ場は、自宅から車で三時間ほどの山に囲まれた渓流地にあった。

 途中、山の頂上付近にある神社まで軽くハイキングすることにした。

「ここは、山犬が祭神だから、ロープウェイは犬も乗れるんだよ。」

 稔は事前にいろいろ調べたようで、得意げに言った。

 ところが、ロープウェイ乗り場に行くと、乗れるのはケージに入れたり飼い主が抱いて大人しくしているような小型犬だけだった。

 乗り場の人が琥珀を見てすまなそうに、

「この子はちょっと・・・。」

 と言うので、直子だけがロープウェイに乗り、星矢と稔は琥珀と一緒に歩いて神社へ行くことにした。

 沢づたいの道は軽く行列が出来ているほどだった。

 星矢達以外にも大きな犬を連れている人たちがいたが、彼らはちゃんと登山の装備をしていたので快適に歩いていた。

 稔はふつうのスニーカーだったので、急な斜面で滑ったりごつごつした岩につまづいたりと苦戦していた。

 星矢はふだん部活で鍛えているのでそこそこ歩けたが、琥珀のリードを持っているので、時々両手が使えず片手だけで木の枝につかまると、すべったりふらつくこともあった。

 そんな星矢達を後目に、琥珀は楽々と山道を歩いていた。

「この犬、狼みたいだねえ。飛んで歩いてるじゃないか。」

 道行く人たちが感心してそんな琥珀に注目していた。

「ここの祭神は山犬だって言ったろ、でも、実は日本で言う山犬っていうのは、ニホンオオカミのことだったらしいよ。」

 稔が少し息を切らせながらそう言った。

「へえ。」

 星矢はちょっとどきりとした。

 これは、偶然の一致なのだろうか。

 もしかしたら琥珀が元いた研究施設というのは、このあたりにあるのかもしれない。

 琥珀は時々立ち止まって耳や鼻をひくひくさせて、どこか遠くの方をじっと見つめるような仕草をしていた。

 いくつかの沢といくつかの険しい斜面を越えると広い車道に出て、そこを横切ると、遙か上方まで続くとてつもなく長い階段に出くわした。

 階段の脇に、「御峯山神社参道」と彫られた重々しい石柱が建っていたので、おそらく神社はこの上にあるのだろう。

「ちょっとおれは休んでから行くから、おまえ、琥珀と先に行ってろよ。」

 稔は明らかに階段を見て挫折したようだった。

「そのまま、そこで待ってれば。どうせ、下りもこの道を通るんだから。」

 星矢はそう言って、琥珀と先を急いだ。

 ニホンオオカミを祀っているという神社を早く見てみたかった。

 涼しい顔をして降りてくる人たちをうらやましそうに横目で見過ごしながら、永遠に続くかに見える階段を星矢は琥珀とひたすら上った。

 木立の間から見える風景は、どんどん見晴らしが良くなっていき、確実に標高が上がっていることを感じさせた。

 太股もふくらはぎも固まってもう歩けないと思い始めた頃、ようやく大きな鳥居が見え、そこをくぐると神社の重々しい建物が見えた。

 先にロープウェイで到着していた直子は狛犬の前に立っていて、星矢を見つけると手を振った。

「お父さんはここまでたどり着けなかったわけね。ああよかった、ロープウェイに乗れて。」

 楽をしていい眺めを満喫した直子は嬉しそうだった。

 直子が寄りかかっていた狛犬は、よく神社で見かける毛がふさふさしてぽっちゃりしたものと比べ、スリムで足が長く鋭い牙もある珍しい風貌をしていた。

「こうして見ると、ふつうの狛犬はシーズーみたいな洋犬に見えるね。

 もとは狛犬って、ライオンをモデルにしてたんだって。

 だけどここのは本物の犬だから、他とは全然違うのね。」

 パンフレットを見ながら、直子は仕入れたばかりのうんちくを垂れた。

 長い階段を上りきって体力を使い果たした星矢とは違い、涼しい顔をしている。

「この神社の名前、何て読むの?」

 星矢が尋ねると、直子はオミネヤマ、と得意そうに教えてくれた。

 砂利を敷き詰めた広い境内はそこそこ混雑しており、土産物屋や屋台が建ち並んでいた。

 観光客らしい外国人の姿も少なくなかった。犬の姿もちらほら見えた。

 神社の立派な注連縄と賽銭箱の前には列が出来ていた。

 星矢が見る限り、ふつうの大きい神社ととりたてて変わっているところはなかった。

 他と違うのは、さっき直子が言っていたように狛犬の風貌だけだった。


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