アインシュタイン公認パワーストーン
「もう直ぐだな」
「何が?」
今日は3月上旬、奴の明るい顔を見て、
震災の日のことではないと想像できた。
「3月14日だよ」
「ホワイトデーかよ」
俺は吐き捨てる。
女にはまったくと言っていいほど縁がない。
「違ッ」
奴は嬉しそうな顔をした。
人を小ばかにする常習犯だ。
俺は一応付き合い、考えるフリをする。
奴は口角をさらに上げた。
嫌味な奴だが、金回りはいい。
バカではないが、人を苛つかせる。
本人は、他人を面白くイジッテイルつもりのようだが、
そのことが周りには伝わっていない。
でも、奴のことが分かっている俺は上手く接することができるのだ。
それにたまに逆襲して、ストレスを晴らしている。
「ヒントくれよ」
俺は奴に付き合ってやる。
どうせ、この店の飲み代は奴が払うのだ。
気持ちよく払わせてやる義務がある。
「重力波ッ」
「先月ニュースになった?
アメリカで観測された?」
俺は目を見開いてみせた。
「やっぱりアインシュタインは偉大だな」
奴は3回頷いた。
重力波はアインシュタインが予言していたものだ。
星など兆大な質量の物体は空間を歪ませるそうだ。
今回はブラックホールの衝突・合体による重力波が地球で観測されたのだ。
俺は首をひねる。
「で、3月14日と何が関係あるんだ?」
「アインシュタインの誕生日」
奴は伏し目がちに言った。
そういうことか。
そう言えば、以前アインシュタインを好きな理由を聞かされた。
同じ誕生日だ、と。
と言うことは。
「今年も参加するよ」
恒例の誕生日パーティー、
去年は延べ100人近くになったようだ。
俺の了承を得て、奴は顔を弛ませた。
すると奴は俺の手首に気づいた。
「ばっかじゃないの」
奴は俺の手首を指差す。
「そんなの付けても意味ないし」
俺は手首をさする。
「そんなんに、パワーがあるわけないじゃん」
奴は高笑いを上げた。
これは飲み屋の女の子の海外旅行のお土産だ。
確かに、彼女はパワーストーンと言っていたが、
そんなのはどうでも良かった。
ただ付け心地が良かった。
ちょっと冷たくて。
イラッとした。
彼女を侮辱されたようで。
「パワースポットって言うけど、
あんなの信じてるとバカだよ。
明治神宮の清正の井戸がいい例だ。
パワーがあったら、
加藤家はお取り潰しにはならなかっただろう」
確かにそうだが・・・
「お前知らないのか?
あの話」
奴は怪訝な顔をした。
「お取り潰しになった本当の理由は、
そのパワーを幕府が恐れたということを」
奴は、えッ、という口をしたまま、
声を発せずにいた。
「もし、熊本の加藤家が滅んでなかったら、
島原の乱と呼応して、幕府が転覆していた、
と言われていることを。
まあ、確かに怪しいパワースポットもあるがな」
奴は大きく頷いた。
俺は左手を差し出した。
「知らないのか、このパワーストーン。
海外じゃあ有名だぞ」
奴は首を振る。
「お前が尊敬する・・・」
奴をじっと見る。
「アインシュタイン公認のパワーストーンだぞ」
ウソはついていない。
奴はその言葉にのけ反った。
「ちょっと見せてくれ」
俺は手首から外し、奴に渡してやる。
「磁気か?」
奴は珠の一つを指でなぞる。
「いや磁気じゃないな」
奴はスマホを近づけ、くっつかないことを確認する。
「まさか」
奴は厳しい目つきをする。
俺はそれを受け止める。
奴は頷く。
「放射線?」
俺はニッと笑った。
「へぇ~、アインシュタイン公認なんだ~
俺も欲しいな」
物欲しそうに俺を見つめる。
「これはお土産だから、渡せない。
今度の誕生日にプレゼントするよ」
「楽しみにしてるよ」
奴はパワーストーンを俺に返して言った。
こんなモノでよければいくらでもプレゼントしてやる。
どこにでもありそうな石だからな。
でも、アインシュタイン公認はウソではない。
ちゃんとこの石にはパワーがあることをアインシュタインは証明している。
恐ろしいほどのパワーが。
30グラムぐらいあるから、東京23区を滅ぼせるくらいのパワーが。
広島に落とされた原爆の4倍以上のパワーが。
E=mC^2
アインシュタインは相対性理論で、質量はエネルギーであることを証明した。
広島の原爆は7グラムの物質消失の対価のエネルギーだったのだ。
だから、30グラムのパワーストーンは、その4倍以上のパワーがあるというワケさ。
アインシュタイン公認パワーストーン、
売り出せば儲かるかな、と思った。