6日目、最悪の再会(未来サイド)
文章の改善を5月から時間をかけて修正していきます
サァー、キュッ。
照明の大半が消された薄暗い女子トイレの洗面台の蛇口を締めると同時に、無意識で深い–––、鉛のように重い溜め息が漏れる。
うっすらと汚れた鏡に映る私を見つめる。
ああ、今日も酷い顔だなぁ・・・・・・。
たかしくんを死なせてしまってから4日が過ぎた。幾度となく湧いてくる寂しさと自責の念で毎日のようにすすり泣いて、目元は赤く腫れ、唇はカサカサに乾いている。
おまけに彼のいない毎日が寂しくて怖くて、全く眠れていない。そのせいで目に黒いクマができている。精神安定剤か睡眠薬が恋しくなるほどに。
酷いと思えるのは目だけではない。
あの時以来、心にあった大切な感情を深く抉られてしまったようで、ずっと大きな穴が開いている。
まるで感情が欠如してしまったかのように、彼にいつも見せていた穏やかな笑みは消え、今の口元はただ水平で堅く閉ざされている。誰がどう見ても無表情。女の子としての微笑みが微塵も無い。
状態が悪いのは私自身だけが原因ではなく、外的要因もある。
私たちが逃げ込んだ工場には風呂やシャワーはないが、洗面所で髪を洗って、身体を濡らしたタオルで拭くくらいはできており、衛生面ではまだどうにかなっているが、今はまだ生きている電気や水道もいつ止まるか分からない。しかし一度、停電や断水したら、もう戻らないと思う。
せめて断水する前、あるいは死ぬ前にシャワーくらいは浴びたい。
先の見えない、いつ止まるかも分からない状況に不安が大きくなる。
睡眠不足とストレス、栄養不足の続く日々のせいでケアできていない肌も少し荒れている。
私が今一番怖いのが「死」だ。
昨日までは私の側にいてくれた私の愛しい人、たかし君が守ってくれた。
でも今はもう–––ゾンビになったか跡形もなく喰われてしまった。私を守ってくれる人はもういない。いや–––私は甘えていた。たかし君が守ってくれるという状況に。
彼のかわりに私が死ねばよかったんだ……なんて考えてしまい、また大げさな呼吸のような溜め息が出る。
……ダメだなぁ。戻ろう。
2日酔いしているかのようにフラつきながら壁に寄りかかりながら廊下を歩いてホールに戻るとーーー、
一緒に逃げてきた中学生5人が輪になって何やら会議を始めようとしている。
私が戻ってきたのに気づいた少年が声をかけて来た。
爽やか系男子。
中学生グループの5人のリーダー的存在である科岡将人くんだ。
同じく生き残りの女の子たち3人から聞いたのだが、科岡くんは学年の成績上位者で、サッカー部のエース&キャプテンで将来を有望視されていたらしい。
そんな彼もこの世界の大混乱で少々元気のなさそうだが、それでも爽やかさは健在のようだ。
「ちょうど良かった。新見さん、今後の方針についての会議に参加してもらえますか?」
話を聞くだけならと、別に拒否する理由も無い私は力なく頷く。
私が輪の中に入ると科岡君は開口一番、とある決断を告げる。
「食料も武器も無いここに、これ以上いても餓死するだけだ。別な場所に移動するべきだと俺は思うんだけど、みんなはどうかな?」
みんな特段驚いた様子は無い。ある程度こうなると分かっていたのだろう。
私のバッグと彼が別れる間際にこちらに投げたボストンバッグに詰まってた2人分の食料も5人で分けていたら、あっという間に無くなった。
昨日の夜が最後の食事で、それ以来何も口にしていない。
しかし、やはり外に出るのが怖いようで、背の高いポニテの子―――、 水島飛鳥ちゃんが不安そうに呟く。
「確かにもう食料は無いけど・・・・でも、また囲まれたら・・・・」
確かに彼女の言う通りだ。
強力な武器もない私たちがまたゾンビの大群に襲われたら、今度こそ終わり。
もちろん此処に閉じこもったまま餓死するのは嫌だけど・・・・。
それに対し、科岡くんは強い口調で答える。
「大丈夫、もうこれ以上・・・・・犠牲者は出さない。みんなの身は僕が―――、必ず守り切る。・・・・リーダーとして約束する」
こんなの素で言えるとは・・・・・、しかしその言葉がなければ誰も安心できないだろう。
科岡くんの言葉に、剣道部の副部長の―――これも彼女たちから聞いた―――香田誠司くんが続ける。
「もし、囲まれても絶対に諦めるわけにはいかないだろ。それに……俺たちが死んだら、皆を守るために戦ってくれたクラスメートや・・・・・新見さんの彼氏さんに申し訳ないだろ?」
一瞬の沈黙。みんな、たかしくんの最期を思い出してしまったのだろう。
その沈黙が続かないように科岡くんは話を再開する。
「それに、もしかしたら今がチャンスかもしれないんだ」
「どういうこと?」
ボーイッシュな性格で短髪の――、相沢美夏ちゃんが疑問を投げる。
「最近気付いたんだが、外に出てもゾンビのうめき声が全く聞こえないんだ」
「つまり……ゾンビがいないってこと?」
「外の状況を把握したわけじゃないから断定はできないけどな」
そう言って香田くんは苦笑する。
「でも、またいつ大量出現するか分からない。なら、今しかないと思う。食料ももう尽きているわけだし……、どのみち戦わなくちゃ生き残れないよ」
「やっぱそうなるよなぁ・・・・・しゃーない、移動するか」
「そうですね・・・・移動するしか選択肢は無いようですし・・・・」
相沢ちゃんの発言に――、低身長で前髪ぱっつん娘の片瀬胡桃ちゃんが同意する。
みんな覚悟は決まったようだ。
あとは私がどうしたいかを答えるなくてはならない。
「私も・・・・・」
唐突に小さく呟き出した私に全員の視線が集まる。
「たかしくんは『生きろ』って言った。私が死んだら彼が生命をかけてまで守ろうとしてくれたことが無駄になるから。だから、私も生きるために全力で戦う。それに、これ以上誰かが死ぬのは・・・・・・もう、イヤなの・・・・・・・」
「・・・・じゃあ全員、《移動する》で異論は無いね?」
科岡くんの提案に全員が頷いた。
**************************
「みんな覚悟はいいね?」
それぞれリュックサックなどを背負い、男子2人の手には警備室から取ってきた警棒やたかしくんのバッグに入っていた包丁、女子の3人は鞄などの盾代わりになる物を装備した。
私の手には鉄パイプ。今の腕力ではそれほど戦力にはならないだろうけど、それでもゾンビを倒さなきゃいけない。私が生きるために!
「準備はいいかい?」
科岡くんに対して全員が合図で返す。
「じゃあ、行こう!」
科岡くんが出るとそれに続く。
久しぶりに見た外の景色はどんよりと覆っている分厚い雲と、人気のなさで幽霊都市のように感じる。
そっと表口から出て、門の前まで移動する。
科岡くんが門の隙間から外を窺う。
「門の近くにゾンビはいないようだね」
頑丈な漆黒の門を少しだけ開き、1人ずつ出る。
全員が出て北へと移動し始めようとしたとき、少し遠くにある異様な光景に気付いた私は無意識に呟いた。
「え・・・・・?」
「どうしたの新見さん?」
「あ、あれ・・・・・・」
「「?」」
全員が私が指さした方向を見ると、動きをピタっと止めた。
私はもしかすると心臓の鼓動までもが一瞬止まった気がした。
私たちが戦ったあの交差点の先に――――、何百ものゾンビが瓦礫の山のように積み重なっていた。
その朽ちたゾンビの山の頂点に――――まるでその世界の王のごとく、そのゾンビは君臨している。
ボロボロに引き裂かれた服。
傷だらけで垂れ下がった腕。
筋肉がむき出しとなった痛ましい足。
今にも消えてしまいそうな白い顔。
最後に見た彼と特徴がよく似ている気がする。
しかしそれは、認めたくない事実をも肯定することにもなる。
震えながら唇が音を放つ。
「たかしくん・・・・なの?」
あまりに小さくて私の声は届いていないだろう。
そのゾンビは肯定も返事もない。しかし、まるで私の言った言葉を理解したかの様に紫色の口から垂れる赤黒い液体を袖で拭くと、ニタリと口の端を釣り上げた。
生前、彼が時々見せていたのと同じ、どこか悪戯っぽくて凶暴な笑みだった。
それを見て、私は確信した。
私の好きな人は死者となり、そこにいた。
9話を読んでくださり、ありがとうございます。
次回は貴士主観のストーリに戻ります。
こんな遅ればっかりの作品ですが、評価・感想・ブックマークしていただけたらと思います。
次回こそは早くできるように頑張ります!




