1日目、ゾンビ出現
内容改稿の作業による誤字・脱字多数ありましたが、6/3に改稿完了しました。
アスファルト道路から出る陽炎が今日の暑さを物語っている。
昨日の天気予報で、お天気お姉さんは「明日の関東地域は晴れるでしょう」と、ここ数日の雨雲を吹き飛ばしそうなくらいの満面の笑みで言っていた……。そしてその予想は大当たり。
7月24日。現在地は池袋駅東口。
予想通りの雲ひとつ見当たらない快晴。晴れたことは多分、誰にとっても嬉しいことだろう。
しかし晴れると同時に、とある事象が俺の精神を擦り減らしている。
腹から吐いた息を、声帯が音に変えて絞り出すように不満を漏らす。
「チキショー……暑い」
そう、暑いのだ。どうしようもなく。今日の気温は40度。
今日の関東は雨が止むのと引き換えに、大地を焦がさんばかりの猛暑に苦しむことになったのだ。
全身を釜で煮られているような錯覚に襲われ、顔面に当たる風は生暖かい。まるで太陽が目の前にあるのではと思うほどで、額から顎へと大粒の汗が滝のごとく流れる。
おまけに湿気・気温ともに高いせいで、ただ立っているだけでTシャツは汗でぐっしょりと濡れてしまい、清々しい気分にはほど遠い。
今日2本目となる飲料水が入ったペットボトルのキャップを開けるとぐっと上へ向け、残り僅かなそれを胃の中に流し込み、口元を拭う。
「気温は低くても、あっちより湿度が高いとクッソ暑いな」
別に俺は重度の引きこもりではないから外に出ること自体は嫌ではない。でも外に出るのはやはり避けたい。
その理由は今日のような暑さ以外にもある。
同じ歩道を歩く人々が俺の瞳から逃れるように目を逸らすのだ。
俺は無意識に、ハァ…とため息を吐く。
もう慣れてしまっているとはいえ、やはり避けられるのはあまりいい気持ちはしない。
避けられるのには訳がある。そして、俺はその原因を自覚している。
俺は駅前にあるショップの大型ガラスに写る俺自身を見つめる。
服装は紺色のジーパンにイラスト入りのグレーの半袖Tシャツ、ブラウンの靴とごく普通。何か問題があるわけではない。
次は顔。
少し短めの黒髪で細い顔つき、引き締まった唇。ここまでは問題無い。問題は次だ。
狼の牙のように鋭く、視線を向けただけで人を小動物のごとく震え上がらせてしまうような、凶暴そうな目つき。
これこそ俺が周囲から避けられる原因。しかしこれは生まれつきであって、別に意識してこんな目をしているわけでは無い。
この目のせいで友達ができたことがない。
おまけに大雨が止んだ昨日の夜中から既に熱帯夜となり、日付けが変わっても俺をなかなか寝かせてくれず、結局4時間しか寝ることができなかった。それも相まって、今日の目元はいつにも増して壊滅状態。もう絶好調と勘違いするほどだ
散々すぎる今日の俺の悪運さにもう一度無意識にため息を漏らしそうになった瞬間――――、
「たかしくん!」
テレビの砂嵐のようにうるさい都会の喧騒が一瞬にして俺の耳から遠ざかり、代わって飛び込んできたのは右から俺の名前を呼ぶ可憐な声。
声の主は走っていたようで、俺の目の前に来ると立ち止まりハアハアと荒い息をする。
「ごめんね、遅れて!電車に乗り遅れちゃって……」
俺の目の前で両手を合わせ、謝る少女。
彼女の名前は新見 未来。同じ高校のクラスメートであり、俺の初めての女友達でもあり、初の彼女でもある。
俺より拳ふたつ分、背の低い彼女は心の清らかさを表しているようなシミひとつない純白のワンピースに黄色の帽子、スニーカー、ショルダーバッグと夏らしい服装だ。
今日の未来は妙にいつもより元気だ。
その理由は、今日が俺と初めてのデートからだろう。
優しさに満ちた笑顔で接してくれる未来とデートするのは俺としては少し恥ずかしい。
「俺もついさっき来たばっかだ。携帯あるんだから遅れるなら電話しろ。連絡さえすれば待ってるから、そんな汗かいて急いで来るな」
「う、うん……ごめんね連絡しないで。こんな暑いのに待ってくれるなんて…やっぱり貴士くんは優しいね」
「別に優しくなんかねーよ。それより買い物に俺が付き合えばいいって言ってたけど、何すればいいんだ?何すればいいかよくわかんねぇ」
「あはは、まあ」
そう言って未来は可愛く舌を出す。
……意外だった。未来ほどの美少女ならイケメンの1人や2人くらいと、そういう類の経験は少なからずあると思っていた。
しかし、ここでお互い初めて同士と判明。
童貞、年齢イコール彼女いない歴の俺と同じく彼氏いたことない(?)未来。
お互いのデート経験値の足りなさに少々不安になりつつも、どうにかなるだろうと楽観し、サラッと流す。
「でも大丈夫だよ!」
「大丈夫って…、俺はノープランだけど、そっちはどっか行きてぇとこでもあるのか?」
「うん!ずっと前から行きたかったところあるの。えーっとね」
バッグから取り出したのは一冊の手帳。手帳にはこの辺りの地図が印刷された紙が挟まっていた。
その地図を開くと、未来はボールペンで印を付けていた赤い丸で囲んでいる地点を複数箇所指差す。
未来が指差したのは映画館、レストラン、ショッピングビルやアニメ店などで、まあこれが普通のデートなのだろう。
さらに手帳には今日の行動予定がしっかりと組み込まれていて、手帳の1ページ分がぎっしりと文字の絨毯で埋まっている。
「お前、本当にマメだなぁ」
未来の真面目さには感心しつつも少しばかり呆れてしまう。
思わず出てしまった苦笑に未来はぷくっと頬を膨らませる。
「別にいいでしょう?」
「まあな」
「それとも真面目じゃない女の子の方が好みだった?」
「いや、未来のほうが良いに決まってるだろ」
「そう言ってくれると嬉しいな」
そんな風にリア充っぽい会話をしていると、周囲のヒソヒソ声が風に乗って聞こえた。
「うっわ、あの子すげー可愛いな。モデルとかやってそう」
いかにもチャラ男という感じの学生が下心丸出しといったで未来を見つめる。
俺は不可視の光線で男を射抜くと「うわ、こえー」と言って男はヒャッヒャと笑う。
俺の睨みはむしろ挑発してしまったようで、さらに奴らの会話は加速する。
「だよなー。でもあの隣にいる男うぜえな。目ェ気持ちわりーし。害虫だろアレ」
「あの2人って彼氏彼女なのかな?」
「えー、あの女の子どうせ仕方なく付き合ってあげてるだけでしょ?あんな不幸面の男となんか私、生理的に無理だわー」
一歩進むたびに嘲笑う声が大きくなって、俺の心身に負荷をかけようとする。殴りに行こうかと一瞬迷う。
俺が隣を歩く少女と釣り合わないくらい、言われなくてもわかっている。
それに俺はそもそもこんな幸せを手にすることは許されるべきではないのだから。
しかし、今まで散々苦しい思いをしてきたのだ。俺にはほんの少しの欲も許されないのか?
このままでは怒りが爆発しそうなので、気を紛らわすために予想される2人分の今日の出費を脳内で計算しだす。
食事代や買い物代、水族館のチケットなど……ざっと1万4千円といったところか。
今月のバイトで稼いだ分をごっそり持ってきておいたため、足りなくなることはなさそうだ、と軽く現実逃避。
しかし突然未来がぐいぐい、と俺の袖を引っ張り、現実に引き戻される。
「…どうした?」
「ねえ、どうしてあんなの気にするの?」
「え?」
どうやら未来もあいつらの声を聴いていたようだ。
「周りがどう思っていても、何を言っても、私と一緒にいるべきじゃないなんて考えないでね?」
少し悲しそうな表情を見せる。しかし、すぐに何か意を決したように両手を胸に寄せて、少し紅潮した表情で俺を見つめる。
「そ、それとね、たかしくん」
「ん?」
「手、繋ぎたいな」
「……え?」
唐突に未来のお願いに俺はフリーズする。
「だっ、だから……テ…繋いで」
羞恥で未来の顔は熟した林檎のようにみるみる真っ赤になっていく。
もちろん今日はデートなのだから、これくらいのことは恋人として当然の欲求だろう。
だが池袋の大通りでそれを要求されるとは思っていなかった。
2人だけの空間ならいざ知らず、初めてのデートでこんな大勢の人達の前で堂々と手をつなぐシチュエーションは想像しただけで、俺の心臓は保ちそうにない。
「ダメ…かな?繋いでくれると、私すごい嬉しいんだけど……。それに、私たちはそんなことで揺らぐ関係じゃないって見せつけてやりたいの」
未来の攻撃に俺は成す術もなく完全に轟沈陥落撃墜――、つまり白旗をあげた。
「ったく、分かったよ・・・ほらよ」
ぶっきらぼうに差し出した手を未来は輝くような目で手を取り、嬉しそうに鼻歌を歌い出し、ステップしだす。
女の子に手を握られるという数ヶ月前まではあり得なかったこの瞬間に俺は僅かに緊張するのを悟られないようにしながら手を握った未来と並ぶように歩き出した。
*******
映画館とアニメ店が終わって、時間は13:00を回るところ。
「そろそろお腹空いてきたね」
「じゃあ、次は昼飯にするか」
俺たちはレストランへ向かうために交差点で歩行者信号待ちをしていると――、ジーパンのポケットに入れていたスマートフォンが震えた。
「ん?」
スマートフォンを取り出してロック画面を見ると、ニュースアプリの速報が表示されていた。
【福岡市内の各地で数十台を巻き込む交通事故発生】
【羽田国際空港で旅客機墜落。乗客の1人が機内で乗員乗客を殺害?犯人は現在逃走中】
【横浜で大規模な暴動発生。県警機動隊が出動】
「なんか今日は朝から物騒な事件多いね……」
ひょっこりと俺のスマートフォンを覗いた未来が呟く。
未来の言う通りだ。
昨日は日本の隣国の各地で市民が暴徒化し、万人単位で死者が出たらしく、さらに別の国では原因不明の大爆発、テロといった都市混乱が日本を除くアジア全ての国で発生している。
昨日からアジアは異常と言えるほどに混乱している。
日本政府はアジアへの渡航を禁止するなど、異例の処置に踏み切っている。
政府による禁止令によって、記者やカメラマンも渡航出来無い。さらに海外に報道支部を持つ放送局も支部からの連絡が途絶えてしまっていて状況が掴めていないのだという。それによってアジア各国の状況を伝える報道がほぼ皆無なのだ。
それほど事態は深刻なのだろう。しかし、この国は四方を海に囲まれており、隣国の異常事態など対岸の火事であり、人々の危機意識はさほど高くない。現に俺たちもこうして呑気にデートしている。
そんな現状を思い返しながらニュースアプリの項目を下へフリックすると、さらに興味深い記事があった。
【暴動?あの国の監視カメラが捉えた】
俺は思わずその項目をタッチしていた。
すると動画が自動再生され、どこかの市街地の道路が出てきた。
「なにこれ?」
未来が思わず呟く。
再生された動画には暴れている人―――いや、人か?とにかく得体の知れない何かと、それに追いかけ回されて逃げ惑う人々。街のあちこちで交通事故で派手にクラッシュした自動車や火災が映っている。その映像から分かるのはそれだけで、再生時間が15秒と短いうえに、画質が悪いためによく見えないまま、唐突に映像は途切れ、ザーッという砂嵐と共に途切れた。
いつの間にか俺たちの動きは止まっていて、人の流れを妨げるようにその場に立ち尽くす。
タイトルには【暴動?】と書かれていたが、普通の暴動とは何かが違うような気がした。
そしてこれはとても異質で現実的じゃない、しかしデマ動画とも思えなかった。
「あの映像に映ってたやつ……なんか人じゃないような感じがするんだよな」
「人じゃない?」
「ああ、まるで…」
そこまで言いかけたとき、ある異変に気づいた。
どこからか響いたドォン、という大きな炸裂音。
その音で咄嗟に顔をあげると、俺たちの行く予定だった方向の上空に黒い煙が立ち上るが見えたのだ。
その直後には、先ほどの爆発音よりひと回り小さく聞こえる破砕音と複数の悲鳴。それだけで周囲にいた大抵の人はその足を止めて、
「ねぇタカシくん……なんか」
「ああ……」
未来も本能的に嫌な予感がするのだろう。不安そうに俺の裾を掴む。
そんな俺たちのいる道の300メートルほど離れた交差点から、スーツ姿の女性が現れた。
爆発音がした方角から来た女性は肩をダラリと下げながらのそのそと歩いている。
どう見ても歩き方がおかしい。それに今すぐに救急車を呼んだ方がいいと思えるくらいに顔色が悪い。加えて、女性の服には血らしき赤い液体が染み付いて、スーツもところどころ切り裂かれて、あるいは千切れていた。
近くにいた男性サラリーマンが女性へ駆け寄る。直後————―
「ぎゃぁああぁぁぁぁっ!」
男性が突然悲鳴を上げた。
その叫びでそれを見た俺たち―――いや、それを見た全員が目を見開いた。
あの女性が突然跳躍し、男性の肩に噛み付いたのだ。
「「え?」」
ショッキングな場面には慣れているつもりの俺でも思わず間の抜けた声が出る。
女の噛みつきは止まらない。目は血走り、駆け寄った男性に何の恨みがあるのかと思うほど、顎に尋常ならざる力が籠められているのがありありと判る。
人間が人間に噛みつくという常識ではありえない光景が俺たちの目の前で広がる。
映画かドラマの撮影でもしているのか?そんな現実逃避的な思考をしてしまう。
でも俺たちは映画に出演するわけでもない。そもそも映画撮影のスタッフもカメラも一切いない。
それともドッキリ番組が仕掛けた?
そう思った、いや—――そうであってほしいと願った俺の予想はすぐに間違いだと気づいた。
女性が彼の肩をボリン!と噛み切ったのだ。
直後、聴いていられないほどの男の絶叫と共におびただしい血液が肩から流れ出し歩道に血だまりが広がる。
アレはどう見ても本物の血だ。
「あ…、え?」
目の前の衝撃的すぎる殺人現場に未来の思考が追いついていない。しかし表情は明らかに恐怖で真っ青になっていく。
後方から続々と動きのおかしい人の群れが現れた。
「おいおい、嘘だろ!?」
今だ、周囲の皆は何が起きたのか理解していないようだが、俺には理解ってしまった。
結論を言おう。
日本にゾンビが出現した。
こんばんは、作者のリッキーです。
3話を読んでいただき、ありがとうございます。
文章力ないので上手くホラー小説にできるかどうか分かりません。
読みづらいかもしれませんが、ご了承ください。