表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暴力の世界  作者: tetsuya
5/10

4 白い夜明け

久蔵は命がけでたえをかばった。身代わりに死ぬはずだった久蔵を救ったのは、敵とも味方ともしれないアイヌの狩人、カンリリカの毒矢の力だった。

死を覚悟で狼と自分の間に飛び込んできた久蔵に、女は激しく動揺していた。久蔵は、凍りついた女の心に、それとは気づかぬまま、かすかなヒビを入れたのだった。

 気がつくと、空はすっかり白んでいた。白骨のような白樺の枝が空にむかって手を伸ばしている。鹿たちがねぐらから出てきて、食べられるものを探してうろつきはじめる。雪は降り止まない。

「このあたりは危ないところだ。夜も昼も。家はどこなのだ。帰るのなら、俺が送っていく」

 女は、無表情に久蔵を見返した。

「家はない。帰る場所もない」

「親はいないのか」

「母は役人に殺された。きりしたんだったらしい。父がどうなったのかは知らない。名前も、そもそも何者だったのかも、私は知らない」

「そうか」

「私はべつに、自分がどうなろうとかまわない。だからおまえも、私にかかわるな。知らん奴に身代わりに死なれても、ありがたくなんかない。後味がわるいだけだ」

「父御に、会いたくはないのか」

 女は答えなかった。少し足を引きずりながら、まだ風の止まない雪の森の中に、歩き出そうとした。

「おまえの大事に握っていた木像、あの中に、折りたたんだ紙が入っていた。俺には文字は読めないが、あれはふみではないのか」

「それがどうした。私だって字なんか読めない」

「俺の知っているある人なら、きっと読んでくれる。あの木像が何かは知らないが、もしかしたら、何か、おまえの助けになることが書いてあるんじゃないのか」

 女は立ち止まって空を見上げた。雲が低く垂れ込めた、絶え間なく雪の飛びすぎていく空だった。うつむいて、やがて言った。

「あれは、私のものじゃないんだ」

 その声に、初めて感情らしいものがのぞいた。

「私が石崎というところで、赤の他人に養われていたころだ。金掘りの三郎という男が来た。ひさという女、つまり私の母を探していると言ってな。私に気づいて、私が探している女の娘だと知って、これをくれた。父からだ、と言ってな。その男によれば、父は遠いところにいて、私が生まれていることすら知らなかったらしい。だから、これはほんとうは私のものじゃない。私への気持ちなどひとかけらも含まれていない、私にはかかわりのないものだ。でも、どうしてだろうな、金掘りの男達がこれに気づいて、しつこく私から取り上げようとしたとき、どうしても渡したくないと思ったんだ。私は心の無い人形だ、ずっとそう思って生きていたのにな、そのときだけは、嫌だと、はっきり思ったんだ」

「おまえ、名前は」

「たえ。だがそんなことを知ってどうする。私はおまえに何の用も無いぞ」

「俺は久蔵という。たえ、俺と一緒に来い。行者様が、きっとおまえを助けてくれるだろう」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ