鴻城公主
王は怒りで王后の制止を振り切り、容華夫人を睨みつけたまま含香殿を去っていった。容華夫人はぶるぶると震えている。見かねた王后は王のあとを追って出て行き、仕返しを済ませた華陽夫人も出て行った。末端の側室たちも華陽夫人に倣ってその場をあとにした。含香殿に残されたのは容華夫人、李世婦、鴻城公主の三人だけであった。母の姿に居たたまれなくなった鴻城公主は震えている彼女に抱きついた。
「お母様、きっとお父様は許して下さるわ!私が寝殿で許してもらえるよう言ってくるわ!」
「夫人、これは華陽の女狐の仕業ですわ」
二人の言葉に容華夫人は体を起こした。そして恥じらいもなく涙をボロボロとこぼして、鴻城公主を抱きしめた。李世婦は彼女の背中をさする。
「お母様はお前だけが頼りよ」
「お母様……」
この日の夜、鴻城公主は白装束で筵を敷いた上に座り、父王の寝殿の前にいた。母の容華夫人を救おうとした稚拙な行動だった。王の寝殿には華陽夫人がいた。外で叫ぶ鴻城公主の様子を簾越にみると、黙って木簡を読んでいる王に言葉をかけた。
「大王、春先と言えども冷え込んでいます。公主を宮殿にお返し下さいませ」
「………」
「母の尻拭いを王の娘がするなど民の笑い物です」
「………」
「大王がその気でなくとも妾が公主を返しましょう」
そう言って華陽夫人が立ち上がると王は左手をゆっくりと上げて彼女を制止した。
「華陽、そなたの優しさに免じて公主を返そう。しかし、容華はしばらく含香殿に謹慎にしておく」
王の言葉に華陽夫人は小さく頷いた。そして部屋の隅に控えていた太監(宦官)の夏周寧に目線を送った。夏周寧はそれだけで全てが分かったかのように外に出て行った。夏周寧が部下の二人に小声で指示すると部下たちは公主に歩み寄り、少し乱雑に彼女の両手を掴んで無理やり立ち上げた。
「なんだ!私に刃向かうのか!お父様!お父様!」
耳をふさぎたくなるような声だった。公主はそのまま夏周寧の部下たちに引きずられるように宮殿へと返された。




