愛
「烏達、待って!」
公主は思い切り立ち上がり、叫んだ。そして観月台の階段を勢いよく駆け下りていく。
「烏達!烏達!」
梅の間を縫うように彼女は彼の背中を捜した。
「公主さま!」
背後から段光の声がした。公主の顔を見た段光は目を丸くした。公主は幼子のように瞳に涙をたっぷりとためて今にも泣き出しそうな顔をしていたからである。
「公主さま、泣き出しそうなお顔ですよ」
段光は親指で優しく、こぼれ落ちた涙を拭いた。
「段殿、人は愛されたいという願望がある限り苦しむ…」
「いきなりどうしました?」
「何でもないわ……夜宴に戻りましょう」
すっと公主は手を差し出した。段光はそれを取ると会場である和元殿へと戻っていった。公主は笑顔など消えたかのような澄ました顔で現れた。そして席に着くと淡々と長い間の退席を詫びた。そして言った。
「父王、母后、私は回宮しましたが私を邪魔に思うものがおります。私を狙ったのは容華夫人でした」
場がざわめく。王は身を乗り出した。
「容華夫人の芸史が私の回宮前日に外出していました。そして漏洩するはずもない機密が沮渠王に知られていました」
公主の言葉に容華夫人はぶるぶると怒りで震え、唇を強く噛み締めた。
「父王、母后、私は邪魔な公主ですから遠くの国へと嫁がせて下さい!」
「ならん!」
王は立ち上がるとゆっくりと容華夫人の前まで歩み寄った。
「お前には失望した」
「大王、証拠がないのに妾を……」
容華夫人が言いかけた時、柱の陰から烏達が現れた。髭を蓄えた野性的な瞳の男に宮女たちはざわめいた。
「容華、この男が放してくれた」
「沮渠王め!騙しおって!この女がいなければ!」
容華夫人は振り向くと楽好公主に飛びかかってきた。そこに王后が「おやめ」と声を上げた。
「あのとき、元后に宮女が産んだ娘を男だと吹聴した!!あはははは、その娘に今、頭を悩ますとは思わなんだ!さあ、何とでも処罰するがよい」
王は怒りに満ちた瞳で夫人を見つめた。しかし、容華夫人には悪びれる様子など一つもなかった。
「陰湿で利己的な容華夫人を奴婢にして一生、働かせる」
「父王、私のお母様を奪わないで下さい!」
鴻城公主が泣きながら訴えるが王は無視をした。
「その娘、鴻城公主は楚国公子の妻とする。尚、公主が将軍家の正妻になる風習を止め、段光には公主以外のものが嫁ぐとする」
鴻城公主は泣き崩れた。妻には自分しかいないと思い込み生きてきた彼女にとって段光は好意の最大の的であった。しかし、それは鴻城公主の独り善がりであったのだ。




