愛
最近、王は賀才人ばかりを体元殿に呼ぶようになっていた。寵姫の華陽夫人は謹慎の身で相手などしたら王后から大目玉を食らう。かといって他の側室を呼ぶ気配もなかった。そんな中、楚国の公子である襄が宝物を携えて入城してきた。肅と楚は古くから誼があり、たびたび王族らがやってくるのである。しかし、それは表向きの話で裏では大国に露見しないように同盟を締結し、互いに裏切らぬよう人質を交換する目的があった。襄の到着と共に夜宴が始まる。楽好公主は容華夫人や鴻城公主から嫌みを言われ続けなければならなかった。謹慎がとけた華陽夫人だが、猜疑心からか養女を助けようとしなかった。胃に百本の棘が刺さったような痛みを感じる。それは深く刺さってきた。居たたまれなくなった公主は宴を後にした。誰も伴わず、観月台に登った。ここは名前の通り、よく月がみえる場所で古の寵姫のために作られたものらしい。月明かりを浴びながら公主は手を月に伸ばした。掴めるわけがないのに何故だろう。人というものは手の届かないものを欲しがる質なのだろうか。それは人なのか、宝物なのか
はその人によって違う。ふと、背後から気配を感じた。伸ばしていた手を戻して振り返ると、そこには烏達がいるではないか。
「なぜ、あなたが?」
すると烏達は跪いて囁くように言った。
「月に魅せられた哀れな獣だ。その獣は月を愛してしまった」
「えっ…?」
あの時の野性的な烏達はどこにもいない。耳には低く艶めいた声が余韻を残している。
「公主」
「あなたは一体」
「烏達と呼んでくれ」
「烏達、私を襲った男が何の用ですか!?」
「詫びをしたい」
烏達は立ち上がった。それから隠し持っていた梅の花を公主の髪に挿した。
「いつか、公主と草原に出たい。それが夢だ」
そう言って烏達は観月台を後にした。公主は崩れ落ちた。誰もが見放しているという時に愛を述べる烏達が心底、欲しいと思えた。段光にときめいた胸が烏達にときめき始めている。それはとても苦しいときめきであった。




