華陽夫人
古来、統一されていなかった翕国。小国、大国が群雄割拠していた。その国たちの主を「王」と言った。この翕国が形成されるまでは、この「王」たちが各自の国を治めていた。
その一つに肅という国があった。
肅の王は恒王と称されて、畏怖されている。その一方で閨には暗愚であり、帳の降りる頃から変な熱い空気が漂う。
彼には王后荀氏がいたが、特に寵を与えていたのは華陽夫人であった。
肅恒王掌珠………
肅の恒王が手のひらに乗せた珠のように可愛がっている、という意味である。
華陽夫人は絶世の美女というほかは言葉が当てはまらない女性であった。王后荀氏はこの女性にかなわないと感じているのか、醜い嫉妬も汚い言葉も彼女には向けなかった。第一に、王后は温和な性格であったから、そのようなものは持ち合わせていなかった。
華陽夫人は姓を向、諱を瑾という。好色な恒王の後宮に入ったのはいつかはわからない。夫人、姫、世婦、女御という階級の夫人になった日も定かではない。彼女についてはよくわからないことが多い。しかし、それが彼女の美貌を引き立ていた。
華陽夫人は女官の柴尚宮を呼んだ。彼女にいくつか話があったからだ。呼び出された柴尚宮は表情を変えずに一礼をした。華陽夫人は扇を片手に肘掛けにもたれていた。そうして、紅をたっぷり塗った小さい口を動かした。
「尚宮、お前の姪を入宮させたいと言っていたわね」
「はい。夫人の推薦がいただければ、私も安心なのです」
「尚宮、女官長の姪というのに妾の推薦が必要かしら?」
「……そうですが、どうしても夫人のお力をお借りしたいのです」
柴尚宮の言葉には何か隠れていると華陽夫人は感じた。
柴尚宮は再び唇を動かした。
「今、夫人がお力を貸していただければ……その力を倍にして返せます」
「尚宮、どういうこと?」
「言葉の通りでございます」
「考えておくわ。お下がり」
「はい」
柴尚宮は裳を翻して綺羅殿をあとにした。華陽夫人は宮女の一人を呼んで柴尚宮の姪について話を聞いた。彼女の姪の名前は嬛ということしか知らないと答えた。そして、ついでに脚を揉ませた。その間、華陽夫人は思案につとめる。あの自他に厳しい柴尚宮が自分の力を借りようとして姪を入宮させたいと言ってきたことが引っかかるのだ。実際、彼女の姪が何の力になるのかわからない。しかも自分を頼ってきたのだ。尚宮ともなれば王后でも構わない。




