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宝石箱なんていらない  作者: 天嶺 優香
二、優秀な男の判断
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2

    ***


 アライレの森は王家が管理する領地にある大きな森で、城からも一時間程、馬を走らせれば辿り着く近い場所だ。シュゼランの王族が狩猟をする時はこの森を使う事が多く、他者は立ち入り禁止区域に指定されているので事故も起こらない。

 なだらかな地面に生い茂る鬱蒼とした木が並ぶが、急な傾斜もなく安全な地形だ。

「では種類に関係なく一匹でも一頭でも多く仕留めた者の勝ち、という事で」

 ルドベードが肩に流した自分の髪を鬱陶しそうに手で払いながらそう言った。歓迎のはずなのに勝敗を決めようとするとは、やはりエミリアを貶めようとする魂胆が向こう側にはあるらしい。

「時間は?」

 フェドルセンが銃のチェックをしながらそう尋ねれば、ルドベードと同じ馬に乗る女──アンネが赤い唇を歪めて笑った。

「もちろん日が沈むまでよ」

 わかった、と答えたフェドルセンの言葉を最後に各自準備ができたのか、真剣な顔立ちになる。アンネもルドベードに支えてもらいながら銃口を構えている。

 エミリアもマスケット銃を手に馴染ませ、腰に下げた。馬の手綱を掴み、開始の合図を待つ。

「では──始めっ!」

 ルドベードの男にしては少し高い声が開始の言葉を叫び、前方にいたフェドルセンが言葉と共に一気に走っていくのを見た。

 ぐんぐん小さくなるその背を見て、自分も出発しようと馬を走らせようとした、その刹那──轟音が耳に響く。

 自分の乗っている馬がいきなり前足を上げて立ち上がり、エミリアは驚いて手綱を引っ張る。音に驚いたのか、まるで悍馬(かんば)の様に暴れ、挙句の果てに横へ倒れる馬に巻き込まれ、エミリアは落馬した。

 地面に叩きつけられる直後、素早く己の体をクッション代わりにしようとエミリアの下へ体を滑り込ませたアレクサンダーのおかげで衝撃は少なかったが、それでもどしんと地面に倒され、頭が揺れる。

 がんがんと頭の奥で鳴り響く痛みに耐えながらなんとか目を開ければ、地面に倒れて荒い息をする馬と──その奥に、馬上からこちらを愉快そうに見下ろすアンネが見えた。──その時、エミリアはようやく理解した。

 アンネはエミリアの馬をその構えた銃で撃ったのだ。

「これで一頭ね」

 赤い唇が弧を描いて笑う彼女は、それだけ言うとルドベードに指示してさっさと馬を別の方角へ走らせて行った。呆然とエミリアがその背を見つめて、やがて姿が見えなくなると下敷きになっていたアレクサンダーが体を起こした。

「ア、アレクサンダー!」

 怪我はないかと体を触れば、問題ないとアレクサンダーは吠えて答えた。頑丈で優秀な犬だ。恐らくアレクサンダーがエミリアの体の下に潜り込まなければもっと重体になっていただろう。

 落馬しないように手綱を力いっぱい最後まで握りこんでいたせいで手はひりひりと痛み、胸は相変わらずばくばくと早い鼓動が脈打っている。いつの間にか足も捻ったようで、立ち上がるのに苦労する。

 エミリアを乗せていた馬は横たわったまままだ苦しそうに息をしていた。腹から血を流す馬は、城に帰るまでもたないだろう。犠牲になった馬にせめてもの情けにと、エミリアは腰に下げていたマスケット銃を構え、撃鉄をゆっくり起こす。

 マスケット銃は本来その精度も飛距離も悪い。エミリアは近距離でその銃口を馬に向け、目を閉じる事なくしっかり見据えながらトリガーを引いた。

 だん、と手に伝わる衝撃と、馬が一声鳴き──絶命した。

 傍で流れを見守る事しかできなかったヘイムスが青い顔で近づいて来て、エミリアに城へ戻るよう進言してきたが、それを聞き流して足を進める。

「……ここで、こんな所で終わるわけにはいきませんもの。さあ行きますわよ。付いて来なさい」

 わふ、とアレクサンダーが威勢の良い返事をし、ヘイムスも仕方なくエミリアの後を付いてくる。しかし、どうにも捻った足が痛み、距離が進めない。

 エミリアは切り株に腰を下ろし、隣にはべる犬を呼ぶ。

「アレクサンダー」

 その一声で主が何を命じたのか正しく理解したアレクサンダーは一匹で森を駆け抜けて行った。その姿を見ていると、傍に控えるヘイムスが顔をしかめて言った。

「……エミリア様、無理する事ないじゃないですか。もう国に帰りましょうよ」

「駄目。戦争になるでしょ」

「戦争を起こしてやればいいんです。こんな国」

 よっぽど腹が立ったのだろう。ヘイムスが声を荒げてそう言うのを聞いて、エミリアの顔に自然と笑みが零れる。

 戦争を起こすわけにはいかないが、エミリアの為に怒ってくれる侍従の気持ちを嬉しく思った。

「戦争になればたくさんの関係ない人が死んでしまうのですよ。そんな事、王族として許される事ではありませんわ」

「でも……」

 頭ではわかっているが怒りが収まらず納得できないのだろう。エミリアは苦笑してヘイムスに言葉をかけようと口を開いた──刹那、アレクサンダーの遠吠えが聞こえる。その声にエミリアは銃を準備し、構えた。

──それは、アレキサンダーが追い込んだ獲物がここにやってくるという知らせだ。

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