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宝石箱なんていらない  作者: 天嶺 優香
二、優秀な男の判断
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 動きやすいキャップとジャケットを身につけようかと迷ったが、結局エミリアは普段通りのドレス姿で行く事にした。子供の頃から姉妹達で競うように遊んでいた乗馬はドレスのままでも十分操れるくらいには達者だ。

 足下にはアレクサンダー、後には馬丁代わりのヘイムスが馬を引いてくれている。そのまま指定された城門まで馬を引いて歩けば、既に来ていたフェドルセンがこちらを見て笑った。彼の傍らには黒くて大きな馬がどっしりと構えていた。

「やっぱり来たか」

「なんですの? 逃げるとでも?」

「あの女はそう思っていたようだぞ、ほら」

 と、エミリアの後を顎でしゃくって見せる。それにつられて振り帰れば、濃いピンク色のドレスで馬を横乗りにしてやって来る女がいた。

 白い肌は粉をはたきすぎたせいか、いっそ気味が悪い。赤い唇はなんだか艶艶しすぎで気持ち悪い。胸元も品なく見せびらかしている。

 なんて不細工な女なのだろう。確かにスタイルはいいかもしれないが顔の造形が悪い。というか、化粧のせいで原型がわからない。

 こんなのが次期王妃、と考えて、自分の婚約者の趣味の悪さに顔が青ざめた。

 その婚約者と言えば、女の後ろで自分の馬にまたがってゆっくりと近づいて来ていた。女が器用に横向きで乗馬できているのも、同じ馬に乗っているルドベードが支えているおかげだろう。

「あら、この方が? あなた、名前をなんて言うの?」

 いきなり高慢なもの言いをされて良い気分のはずがない。それも馬から降りもしないとは。

 ヘイムスが女の愚行に思わず小さく悲鳴を上げ、アレクサンダーが鼻つらに皺を寄せた。

 エミリアは眩しいくらいの笑顔を向け、囀る。

「どんな身分をお持ちかは知らないけど、王族に対する言葉使いではなくてよ。見ていて不快です。控えなさい」

 わざと横柄な態度に出ると女がカッと顔に血を上らせた。勢いのまま女は馬用の短鞭(たんべん)を振るい上げる。

 エミリアに叩くのなら当たったら相当痛いが王族としての矜持を失うわけにはいかない。打たれたのなら国にかけあえばそれでよし、と考えて目も瞑らず振り下ろされるのを待つが、それより早く男の背中に庇われ、短鞭を彼は掴んでいた。

「フェドルセン様……?」

 思わず名前を口にするが、彼は女にぴたりと視線を合わせて低い声音で言った。

「ラガルタの王女になにをするつもりだ、アンネ。お前がいくら兄の女でも自分まで王族と勘違いするな。ラガルタの王女を傷つけて戦争でも起こす気か?」

 あまりにも低い声にエミリアまで身を強ばらせる。アンネ、と呼ばれた女はそれでも言い繕おうとしたが、フェドルセンは兄王子に視線を移す。

 フェドルセンの鋭い視線にルドベードまで顔を青ざめさせた。

「自分の女の管理くらい自分でしてくれ。王女は兄さんの正式な婚約者だ」

「あ、ああ、すまない」

 兄のルドベードよりフェドルセンの方がよほど王に向いている、とエミリアは判断を下した。

 ルドベードとフェドルセンは容姿はもちろん兄弟らしく似通っているが考え方に雲泥の差があるようだ。

 戦争の種に気がつく者と、気がつかない者。

 なるほど、戦で活躍していた男は世情の流れにも聡いらしい。

 エミリアが冷遇され、あげくに怪我を負ったとなれば祖国はもちろん黙ってはいないし、姉が嫁いだ隣国一の大国であるルクートも今は良き同盟国だ。

 いくら戦に秀でた国であろうとも、頭脳明晰な賢王と呼ばれる弟のイーリが治めるラガルタはもちろん、姉が嫁いだルクートは愚王で噂されるゼイヴァルが治めているが大国故の有利さがある。

 その二国に同時に攻められれば敗戦は確実である。戦にならずとも両国との外交に支障が出るのは間違いないだろう。

 噂でフェドルセンは戦に明け暮れていた根っからの武人気質のようだが、確かに政治にも目を向ければ彼の才能は必ず発揮できるだろう。エミリアがそこまで思う程、フェドルセンは王族の風格を持っていた。

「……それで、どうせ狩りはいつものアライレの森だろ? 寒くなるうちに早く出発しよう」

 フェドルセンが門番に命じて城門を開けさせ、自分の黒い馬に跨る。エミリアも自分の馬に乗った。

 行くぞ、という彼の言葉を合図に三頭の馬が城門から出発した。ゆっくりと闊歩する先導するフェドルセンの後ろをエミリアが進めていると、荷物を抱えて歩くヘイムスがこちらに小声で話しかけてきた。

「エミリア様、なんだか兄弟でも全然違うのですね」

「……どうかしら、ルドベード様も、今は女に(うつつ)を抜かしているだけで、本来ならもっと優秀な方なのかもしれませんわ」

 まさか自分の夫になる男に王の器がないなんて事は困る。個人的な望みも入れてそう言葉を返したが、自分で言っておいて、なんだか期待が持てそうにない。

 とにかく、まずはルドベードに気に入られる事に専念すべきだ。

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