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反論しようと口を開きかけるが、ぐいぐいと部屋の奥に引っ張られて言葉が喉の奥へ引っ込む。カリラシュが静かに扉を閉める音がやけに耳に響く。
「おお、これはこれは! 我が愚弟ではないか!」
執務室の最も奥に位置するテーブルを前にして、椅子から立ち上がったルドベードが両腕を広げて大げさに振る舞う。
その歓迎する素振りとは対照的にフェドルセンを“愚弟”などと蔑んで呼ぶのも相変わらずだ。
「……よお、兄さん」
引っ付いてくるアンネを見ても、ルドベードは何も言わない。なぜか高らかに笑いながら、自分の女を放置している。
フェドルセンとしては一刻も早く解放して欲しいのでアンネの腕を引きはがそうとするが、蔦のように絡みつくこの女の腕に苦戦を強いられる。
「兄の女があまり俺に引っ付くな」
「そんな寂しい事言わないで。ルドベードの弟だから可愛がってるだけよ」
やけにギラギラした女の目で見てくるというのに、何を言っているのだろう。しかし、ルドベードはその言葉を信じているようで、にこやかに何度も頷いている。
「……それで、フェドルセン様。普段はめったにいらっしゃらないのに、一体どうしたんですか?」
いつまでも本題に入れない事をカリラシュが気を使って聞いてくれる。
「エミリアに、……兄さんの未来の嫁に会ってあげてほしいんだ」
「…………」
ルドベードが笑顔を引っ込めて冷めた表情をみせた。それに素早く気づいたアンネが大きな声を出して笑い出す。その表情からして、エミリアが既に到着している事はさすがに把握していたらしい。
「あの異国女にルドベードが? わざわざ会ってやる必要なんてないわよ、私がいるのに!」
「だが、いつまでも無視する訳にはいかないだろう。たとえ小国でも、ラガルタを蔑ろにするのはまずい。ラガルタから輸入している物も多いんだ」
アンネは口を閉じて考え、すぐに意地の悪そうな笑顔を浮かべた。
「……じゃあ、皆でスポーツハンティングをしない?」
「スポーツハンティングって、あれにラガルタの王女を誘うのか?」
「もちろんよ」
シュゼランでは身分の高い者達が狩猟を頻繁に行っている。
所有する森まで馬に乗り、野鳥をフリントロック式のマスケット銃を使って撃つ。それを、スポーツハンティングと呼んでいる。
異国から迎える王女の歓迎の仕方ではないが、ルドベードはアンネの提案に喜んで従った。
***
その日、ヘイムスが慌てて持ってきた知らせに、エミリアは飲んでいた紅茶の入ったティーカップを思わず手から滑り落としそうになった。
なんとか落とさないように死守したが、手が強ばってしまい繊細なティーカップの中で紅茶の水面が揺れる。
「なんですって?」
口から出たのは自分で思ったより冷淡な低い声。ここまで低い声が出たのは初めてかもしれない。
ヘイムスもエミリアの不機嫌さにびくりと肩を揺らして怯え、しかし問われているのを無視するわけにもいかず、床で寝そべるアレクサンダーに抱きつきながら口を開いた。
「いえ、あの、……ですから、ご婚約者でいらっしゃるルドベード様が遠方から来られたエミリア様をぜひとも歓迎したいと……」
「今更なの? 遠方から来たとわかっているのに、入国してから幾日も何の連絡も寄越さなかったくせに、歓迎? しかもなんですって? 狩猟?」
貴族達の間で狩猟がスポーツとして好まれているのはラガルタでも同じだが、それはあくまでも男性が行うもので、女性が、ましてや今まで放置していた自分の元へ嫁いできた王女を歓迎する方法には決して適していない。
「このわたくしに、銃を持って狩猟を楽しめと? 女の身で、王女であるこのわたくしをなんだと思っているのかしら」
なんて身勝手で無神経な歓迎の仕方なのだろう。
エミリアは落ち着く為に息を吐き、ティーカップをテーブルにゆっくり置く。ヘイムスに抱きつかれて邪魔くさそうに唸り声を上げるアレクサンダーに目線を移し、不適に微笑んだ。
「アレクサンダー」
名前を呼ぶと心得たとばかりにヘイムスを振り払って立ち上がり、わふとアレクサンダーが答えた。
ここで引いたら女が廃る。どうせ女で狩猟などまともにできないからエミリアが怖じ気づくとでも思っているのだろう。自分が囲っている愛人の女を妃にするつもりで、エミリアに立場をわからせたいのだろう。
向こうから誘ってきたからにはその女も狩猟を嗜むに違いない。──ラガルタ屈指の性悪女と称されるこの第二王女を甘く見たことを思い知ると良い。
「性悪な屑虫を退治しに行きましょうか」