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宝石箱なんていらない  作者: 天嶺 優香
一、次女の結婚
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    ***


 ふかふかの柔らかいアレクサンダーの毛を撫でながら、エミリアは自室に設けられているバルコニーで椅子に座って読書に没頭する。

 ぽかぽかとした日差しが心地よくて、エミリアの足元で眠るアレクサンダーは今にも眠ってしまいそうだ。

「暇そうだな」

 ふいに後ろから声をかけられ、エミリアは振り返ってげんなりする。

「また来ましたの?」

 バルコニーの入口で壁にもたれかかるフェドルセンは実に憎たらしく笑みを浮かべている。

 エミリアがシュゼラン入りして一週間がたった。しかし、いまだ婚約者のルドベードには会えず、かと言って何をする用事もなく暇を持て余している。

「見るからに暇ですが、何か?」

 にっこり微笑みながら読みかけの本を閉じる。

 足元のアレクサンダーがすっくと立ち上がり、威嚇しに行く──と思ったらなぜかふさふさの尻尾を左右に大きく揺らして撫でられにいった。

「主人と違って可愛い奴だな、アレクサンダー!」

 わしわしと豪快に頭を撫でる様子に、エミリアは柳眉を逆立てる。

「アレクサンダーの毛並みがぐしゃぐしゃになりますわ!」

 苛ついたまま怒鳴るが、主人の怒りに反してアレクサンダーは寝転がって腹まで見せる始末だ。

 ぐ、と拳に力が入る。

「この裏切り者っ!」

 なぜかこの一週間。エミリアのもとへ通うフェドルセンに、最初は警戒心を表していたはずなのに、いつの間にかアレクサンダーは懐柔されていた。

 確かに人見知りをするような犬ではないが、今まではエミリアだけの可愛い忠犬だったはずが、いつの間にかエミリアが一番懐いてほしくない相手に尻尾を振っている。

「わたくしの味方はあなただけだと思っていたのに!」

「大丈夫ですよ、エミリア様! そこの薄情者と違って、俺はエミリア様の味方ですから!」

 どん、と胸を叩いて威張るヘイムスに、エミリアは持っていた本を投げつけた。

「うわっ」

 間一髪でヘイムスは避けるが、それまで頭があった場所への攻撃に、顔を真っ青にさせた。

「あ、危ないじゃないですか!」

「お姉様一筋のくせに調子良いこと言わないでちょうだい!」

「アランシア様はお慕いしているのではなく、崇拝しているんです! エミリア様も信者じゃないですか!」

 何て恥ずかしい事を堂々と言い張るのだろう。エミリアは姉を深く想っているが、ヘイムスのように盲信しているわけではない。

 エミリアの祖国・ラガルタの王宮で姉と暮らしている時、いつもヘイムスは姉を見るたび鼻血を流していたものだ。本当に気持ち悪い。

「結構名前を聞くが、そんなに美人なのか?」

「もちろん! エミリア様なんて足元にも及びません」

 ぴし、とエミリアの額に青筋が浮かぶ。素早く様子を悟ったアレクサンダーが心得たとばかりにヘイムスに近づき──思い切り尻に噛みついた。

「うあぁぁあ!」

 がぶっと一噛みされたヘイムスは床にのたうち回り、尻の痛みをなんとかしたくてもがく。その様があまりにも見ていて爽快で、エミリアはにっこり微笑んだ。

「あらあら、虫が這い回っていますわね。よろしければとどめをさしてあげましてよ?」

「結構ですっ!」

 顔を真っ青にして即答するヘイムスは、自分の尻を庇いながら部屋の隅へと逃げる。

「でも、目障りな虫は早く退治しないといけませんのよ?」

「ごめんなさい! アランシア様ほどじゃないけど、エミリア様もお綺麗です!」

「……一言余計だと思うぞ」

 それまで静かに傍観していたフェドルセンが呆れながら指摘を入れる。

 サイドテーブルに置いてあった本でとどめをさそうかと考えていると、横にいたフェドルセンがこちらを見下ろして呆れた視線を寄越した。

「怖い女だな、お前は。そんな事をしていると男が逃げていって嫁に行けなくなるぞ」

「お前、などと姉に対して言うなんて礼儀知らずにも程がありますわよ。今ここにはどうでもいい方しかいませんし、第一わたくしはすでに嫁いでますわ」

 ヘイムスから視線をフェドルセンへと移し、にこやかな笑顔のままで答える。

 しかし、フェドルセンは皮肉気に口端を上げた。

「嫁いではいないだろ、正式には」

「……あなたもそれをわざわざ口にするなんて、よほど性格が腐っていらっしゃるのね」

 ひきつりそうな口元をなんとか誤魔化そうと毒を吐くが、フェドルセンは飄々としている。

「お前もな」

「……あなたと比べたら可愛いものですわよ?」

 ヘイムスが冷たい空気に耐えかねて部屋から静かに退席して行くのを目の端で捕らえながら、フェドルセンと対峙する。

 苛々と自分の中の感情がこの男に刺激されて荒れていくのを感じる。ばちばちと今にも火花が散りそうな鋭い視線の攻防の末、フェドルセンはやがてため息を吐いた。

「……お前、いちいち毒を吐かないといけないなんて、よっぽど寂しい奴だな」

 呆れとは違う。苛立って口にしたのとも違う。明らかに憐れんだ目をこちらに向けて、フェドルセンが言った。

 言われた言葉に、それまでぐつぐつと燃え上っていた自分の全てが凍りつく。ひやりとした感覚が全身を駆け抜けた。胸の奥を、見えない凶器で刺されたような痛みが走る。

「なんだ、図星か?」

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