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今回短いです。
思わず、エミリアは手に持ったティーカップを落としそうになる。
しかし、すぐに持ち直してしっかりと両手で支え、あくまでも冷静に見えるように、ゆっくりとした動作でテーブルの上に置く。
「……妻?」
そんな事は聞いていないと、怒鳴りたかったが、自分の矜持がそれを許さない。
「正式な妻じゃない。だが、兄は妻として扱い、女も妻として振る舞っている。女に夢中で、お前の事は頭に入っていないんだろうな」
それをフェドルセンも快く思っていないのだろう。エミリアは小さくため息をついて、全ての感情を流した。
このままではイーリとの約束を果たせないとか、せっかく何日もかけて来たのにとか。今は何も考えたくない。
「……あなた、国を出るって本当ですの?」
──ただ、この虚無感をどうにかしたくて、他愛もない雑談を欲した。
フェドルセンはエミリアの真向かいの席に腰を下ろし、テーブルに肘をついて息を吐いた。マナー違反を咎める気力は、今のエミリアにはない。
「まさか、ラガルタにまで噂が行ってたか」
否定をしない言い方はつまり、肯定という事だ。
「でも、ルドベード様の妻の件は知りませんでしたわ」
「さすがに国の恥だからな。漏らさない様に周りが頑張ってんのさ」
テーブルの隅に置かれたティーセットからカップを取り、ポットから茶を注ぐ。その所作が態度に反してあまりにも上品で、エミリアは思わず見とれた。
こぽこぽと軽やかな音を立てて注いだそれを、フェドルセンは骨ばった厳つい指先で掴み、喉の奥へ流し込む。
「……あなたはすぐ出て行きますの?」
いいや、と彼は器用に片方の口端だけ上げて笑った。
やけに尖った白い犬歯が、歪んだ口元から現れる。
「ちょっと気になるものができてな」
「気になるもの?」
ぱしぱしと長い睫を揺らして、エミリアは首を傾げた。
す、と彼の人差し指が自分に向けられる。
「お前だよ、エミリア」
じっとりと、やけに耳に響く声で言われて、エミリアは抵抗もできずに顔を赤らめた。逆らえない何かを、エミリアは彼から感じた。
すぐに自分を取り戻し、エミリアは笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。
「……名前で呼ばないでとお願いしたはずですわよ、フェドルセン様」
ごまかす為に冷たく言葉を吐いたが、彼は騙されただろうか。
フェドルセンはエミリアに恋慕を抱いて止まるわけではない。面白いおもちゃの様に見ているのだと容易にわかる。
兄の妻になる女に向ける感情では決してあってはいけないものだ。やはり無礼な男だと不愉快に思いながら、ため息をつきながら言葉を返す。
「あなた、とっても暇人のようですわね」
ティーカップに入った紅茶を飲むが、もう香りが飛んでいて、味がわからなかった。
アレクサンダーはゴールデンレトリバーのつもりで書いています。もふもふ。