布団が吹っ飛んだ
布団が、吹っ飛んだ。
そしてその衝撃で、父さんと母さんが死んだ。
目の前には、ただの瓦礫と化した僕の家と、すでにピクリとも動かなくなってしまった、僕の父さんと母さんの死体だけがあった。
僕は、力なくうなだれることしかできなかった。
ーーーーなにもできなかった。
その後悔だけが、僕の中で延々と渦巻いていた。
あの時。
父さんと母さんが布団に入った、あの瞬間。
その布団が吹っ飛ぶなんて、誰が予想できただろうか。
否、その答えは誰の目にも明らかだった。
そう、事の顛末はあくまで必然だった。
全ては起こるべくして起こったのだ。
僕はただ願った。
大切なものをーーーー、全てを守ることができる、力が欲しいと。
どんな布団が吹っ飛ぼうとも、その力さえ凌駕できるほど強大な、力が欲しいと。
一滴の涙が、僕の頬を伝って、地へと、落ちた。
その瞬間ーーーー。
世界が、歪んだ。
そう、それはこの世界の脈動。
一人の少年の願いが生んだ、世界にとっての異常。
眩い光が、辺りを包んだ。
それはとても温かく、何もかもをも赦してしまうような、まさに"優しさ"だった。
僕は目を閉じ、手を差し伸べる。
ーーーーそれは、救いを求めるように。
ーーーー何かを、掴みとるように。
光は、やがて形を成し、一つの物体として収束する。
そして僕は、その目をゆっくりと開いた。
ーーーーそこに、あったのは。
ーーーーその、温かさは。
ーーーーその、優しさは。
それは、紛れもなく、一枚の布団だった。
「ははは……」
僕はただ独り、力無く嗤う。
それはひとつの優しさであり、しかし僕にとってそれは、絶望そのものであった。
僕にとっての全ての平穏を飲み込んだ、その忌まわしき姿が、僕に与えられたただ一つの力なのだと、そう、世界は告げていた。
ーーーーこれは、運命なのか?
父さんと母さんが死ぬことも。
この力を僕が手にすることも。
そう、全ては必然なのかもしれない。
ならば、僕がやらなければならないことも、もう既に気がついていた。
すべての優しさを受け入れ、そしてその罪を……、父さんと母さんを殺した、その罪を、僕自身が背負うという、あまりに残酷な現実をただ受け入れることだ。
ーーーーもしかしたら、僕は全ての現実から目を背けたかったのかもしれない。
ふと、そんなことを考える。
その温もりは、きっとこの僕をも赦してしまうのだろう。
その温もりは、きっと何もかも忘れさせてくれるだろう。
僕は、それを求めていた……?
しかし、もう僕には。全てを失ってしまったこの僕には。
一連の行為を止めようとしてくれる者など、誰もいなかったのだ。
僕は倒れ込むように布団に潜り込んだ。
それはまるで、全ての現実から目を背けるように。
それはまるで、深い闇に飲み込まれるように。
僕はひたすらに、その心地よい感覚に浸っていた。
ーーーーあぁ、ずっとこうしていられたら、どんなにいいだろうか。
深い闇の中で、そんなことを思った。
これが、全てが肯定される温かさなのか。
例えそれが悪魔の姿をしていようとも。
僕はそれに飲み込まれるという道を選んだ。
そして世界は切り離される。
僕は布団という壁の下に、世界と切り離された。
ーーーーこれで僕は、自由だ。
そして、永遠に。
何もかもを、肯定され続けて。
全てを、赦され続けて。
背負うべき罪など、何もないのだ。
僕の小宇宙の広がりは、止まるところを知らない。
あぁ、温かい。
なんて、温かいんだ。
そして僕は静かに、目を閉じた。
その刹那である。
突如として、空間が不安定になる。
ぐにゃりと歪んだ世界は、収束を保てなくなる。
その瞬間。
僕は、気付いてしまったんだ。
何もかもを赦してしまう存在なんて。
あるはずなんて、無いんだ。
それは僕が、全てから目を背けるために産み出した幻想でしかなかったんだ。
全ては、あるべき姿を取り戻す。
僕が想い描いた小宇宙は、最期に小さな輝きを放って、消失した。
その最後の輝きを見届けて。
僕は深い眠りの中へと堕ちていった。
そして、それは唐突に起こったのだ。
ーーーー布団が、吹っ飛んだ。
世界は暗転し、全てが無へと還る。
少年が最期に感じた温もりは、彼の姿と共に、この世界と共に、跡形もなく消えたのだった。
激しい轟音とともに、世界は飲み込まれていく。
全ては無へと還ってゆく。
あとに残るのはただの"概念"だけだ。
誰の視点によっても、それは捉えることができない。
それが、世界の終わりのカタチだった。
終わらないはずの輪廻に、終止符が打たれたのだ。
そして世界は、"次の段階"へとシフトする。
何もない深い闇の中に、小さな光が差し込んだ。
光は、世界の姿を照らし出す。
バラバラだったそれは一つの形を取り戻し、しかし次の瞬間には崩れ、また一つの形を成す。
世界は目まぐるしい変貌を遂げ、やがてそれは一つの結論を導き出した。
それはとても温かく。
それはとても優しい。
数多の世界を生み出し、そしてやがてそれを破壊するもの。
世界が、白い輝きに包まれる。
世界に光をもたらすその姿は、紛れもなく。
ーーーー 一枚の、布団だったのだ。