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幕屋を出ると、どうだった、と声が掛かった。ニコとユーディは、すぐ外で待っていたのだ。この距離で壁がないなら、声は聞こえていただろう。
「眠ってしまったよ」
「でしょう。カーはよく眠るの」
「君たちもあの洗礼をしたの?」
「あまり覚えていないんだけどな」
ニコは苦笑いしながら頷いた。
「それで、お前さんはツァラって名でいいのかい」
「あまり覚えていないんだけど」
僕はニコの口まねをした。
ニコはツァラ、ツァラと何度か口の中で唱えて、いい名だな、と破顔した。
「やっぱり名前があるっていいな。いっぺんにお前さんのことが分かった気になるぜ」
「気になっただけでしょ」
ユーディが釘を刺す。
「まあ、誰だって昔のことはそんなに覚えていないもんさ。それに、きっかけさえあれば思い出すだろう」
「きっかけ……」
実は、名前がその、記憶を呼び戻すきっかけになるのではと僕は密かに期待していた。
ツァラが僕の名前、ということは、意外にすんなりと僕は受け止めることができた。それは、確かに僕がツァラだったのだろうと思える根拠になった。
しかし、カーにその名を呼ばれても、ニコに呼ばれても、何かを思い出す気配がない。
「まあ、きっとすぐに思い出すわよ」
慰めてくれているのだろう、ユーディがそう言ったが、僕には気休めに思えてしまった。
ところで、と、僕はニコに、気になっていたことを尋ねた。
「あの、黒い病気は」
「ああ、トラウマか。俺たちもかかるぜ」
言いながら、ニコはぺたぺたと自分の胴や腕を触った。
「身体が黒くなって、だんだん全身に広がっていくのさ。身体の全部が黒くなると死んでしまうらしい」
「らしい、って?」
「アニミストたちは、そうなる前にカーが治してくれるんでな」
「ああ、カーの血が薬なんだって?」
「酷くなると、それだけじゃ完全には治らない。重体になったのを治すには、生まれ直しの儀式が必要なんだそうだ」
「生まれ直しの儀式?」
「カーがするのよ。私も何度か受けているの。古くなった身体を新しくするための儀式らしいわ」
僕はそれを聞いて、何だか胸が重くなった。身体とは、古くなったからといって新しくできるものだったろうか?
「俺は一度しか受けていないんだけどな。ユーディは、身体が弱いから。すぐに倒れるし」
「私が弱いんじゃなくて、ニコが強いのよ。アニミストはみんな大体このくらいだわ」
「ねえ、そのアニミストって、僕らのことだよね」
僕は二人に割り込み、気になっていたことを尋ねた。
「アニミスト以外の人間って、いるの」
「人間……」
二人はぽかんと呆けた顔をした後、不意に目の焦点を戻した。
「そんな言葉があったなあ」
「長いこと使ってなかったから、忘れてたわね」
僕はまたもやもやと疑念を抱く。人間という言葉を忘れることって、あるだろうか。
「俺たち以外の人間ねぇ。さっきカーと話してたろ、魚人ってやつさ。仲が悪いから、紹介してやる訳にはいかないんだが」
「もう一人、変なのがいるわよ」
「ああ、幽霊ちゃんか。……あいつ、海が好きだったな。どちらにしろ、一度海の村を見せておいた方がいいな」
海に戻るのだろうか。
「ツァラ、お前さんはさっき、割と危険な所にいたんだぜ。場合によっては襲われていたかもしれないんだ」
「敵対している魚人に?」
そう、とニコは頷いた。
「だから俺、慌てて声をかけたんだ。これから、魚人の村を見せるから、辺りを一人でうろついちゃいけないぜ」
ここまでお読み下さって有り難うございます。次回か次々回くらいから、
ちょっとチャンバラ要素が入ります。引き続きお読み頂ければ幸いです。