1-2 偽りの天使
学校は本土から少し離れた島に建てられている。本土と島は長い橋で繋がっており、交通に不都合は無い。もっとも島はかなり広くほぼすべての主要機関がある為、学校を中心とした一つの小さな都市といっても良いだろう。寮ももちろん同じ島の中にある。学校から少し距離があるのが難点だが。
この島にいる人はそのほとんどが能力者だ。強力な力を持つ者達を隔離する意味もあるのかもしれない。
教室は校舎二階一番奥の部屋、中は大学の講義室の様に教壇を中心に三人ほどが座れる広めの机が階段状に並んでいる。
窓際の一番後ろが俺の席だ、そこに……。
黒い髪の――天使がいた。
吸い込まれるような黒い瞳。
この世のものとは思えないほどに整った顔立ち。
羽はどこに隠しているのだろう、背中には腰にまで届きそうなほど長い艶やかな髪があった。
俺とは似ても似つかない天使と間違えるほど美しい女性に声を掛ける。
「おはよう、姉さん」
「おはよう、ハル」
声さえも天使と思えるほど美しい。天使の声を聞いたことは無いがきっとそうに違いない。むしろ姉さんは天使かもしれない。などと遠い目をしていると天使から声がかかる。
「だいじょうぶ、ハル? 私のこと見えてる?」
「ああ見えてるよ姉さん。むしろ姉さんしか見えないよ」
教室の時間が止まった用にさえ思えた。
他の生徒が引きつった顔でこちらを冷たい目で見ていたのだ。
やってしまった、いつもこうだ。
幼い頃からずっと友達がいなかったが学校に入り、姉さんの助言もあって友達をたくさん作ろうとした。しかし現実はあまくなかった。
いまのところ友達は……いない。
「ハル、今日は大事なテストの日しっかりしてよね!」
「そうだね、姉さんの為にもがんばるよ!」
姉さんは雰囲気を変えようと話題を変えてくれた。
今日は学期末テストがある日。テスト内容は……生徒同士の戦闘。
能力者としての評価はこれまでの授業と測定によりすでにほとんど決まっていている。
後はそれに実戦結果を合わせて、凄いコンピュータ様が厳正に最終評価をしてくれるらしい。
マナが使えない機械に判断されるのは釈然としないものがあるが、俺にはどうすることもできない。
他国と緊張状態にあるこの国の情勢を考えると、良い評価を受けなければ学校を卒業後は即最前線の可能性が高い。逆に評価が高ければ比較的安全なところにいけるだろう。給料も高く、ご飯がたくさん食べられる。
さらに強く、強くなれば能力至上主義のこの国を支配さえできる……かもしれない。俺には興味の無いことだが。
チャイムがなり、教師が教室に入ってくる。
「えー、本日から模擬戦闘を行ってもらう。試合はトーナメント戦、相手を行動不能もしくは頭部に有効な攻撃を当てたものを勝者とする」
トーナメント戦。強者だけを詳しく評価し、弱者はふるい落とす。まったく弱者に優しくない。
腕が吹っ飛び、足が千切れ、心臓をつぶされても生きている間、動ける間はその最後の瞬間まで戦え……ということらしい。
多少の傷は能力者ならすぐ回復するが痛いものは痛いし、限度ってものがある。
迷惑な話だが昔、心臓が打ち抜かれても再生した化け物がいたせいでこう決められたらしい。
本当は生徒に人を殺す自信を付けさせる為ではないかと噂されている。
実際、学校内なら人を殺したとしてもほとんど罪に問われることは無い。形式的な調査はされるが結局注意程度だ。
「えー、また事前の評価で、攻撃守備が低かった者には拳銃を支給する。希望者は後で職員室まで取りに来るように。それではトーナメント表を確認後、各自指定の訓練室に向かいなさい」
仮想画面でトーナメント表を確認して試合場所の訓練室を調べる。
そして俺は職員室に行かないとな。銃が能力者相手にあまり効果が無いといっても持っていた方がが幾分マシだろう。
「えー、最後に注意事項を一つ。死なないように」
おい、そこは殺さないようにだろうが。
「大丈夫よ、ハル。私が護ってあげるんだから」
俺の不安を察し、姉さんの励ましが聞こえる。俺と姉さんの間に分からないことはないのだから。