1-1 プロローグ
宙に浮いたディスプレイを見ていた。枠などは無く表示だけが浮いている。
ここ数年で普及してきた技術で、ドッグタグとも呼ばれる認識票を首に掛ける事によって自在に操作できる優れものだ。日本中すべての人が使っているだろう。
その仮想画面の表示通り作業を続けた。
「えーと、お肉を手ごろな大きさに切り、塩胡椒で炒めると……」
俺は一人で食べるにはずいぶん多い量、三人分ほどの朝食を作っていた。
もちろん一人で食べるつもりだ。
俺の趣味は料理を作ることではなく、食べること。正直料理は嫌いだが、食べる為には努力を惜しまないつもりだ。
できあがった料理はいまいちだったがすべて食べきり、もうすでにお昼のことを考えていた。
「朝はご飯だったし、昼はパンにするか。いや麺類も捨てがたい……」
などと、お昼までずっと考えて居たかったがそうもいかない。
学校へ行く時間が迫っていたのだ。
「そういえば姉さんが忘れ物をするなって言ってたな。こんなもの一体何に使うんだろ?」
疑問に思いつつ懐に入れる。
鞄は持たないようにしている。咄嗟のときに両手が開いていないと行動しにくいからだ。
それほど通っている学校は危険なところだ。
さきほどから表示されたままの仮想画面を消そうとすると、後ろで表示されていたニュースの音が聞こえてきた。
「……連続切り裂き魔は以前捕まっておりません。……続いては昨日起きたビル破壊事件の現場前からお送りします。周辺にはまだビルの瓦礫が残っており……」
興味が無いのですぐに表示を消した。だがニュースについて思うこともある。
物騒な事件で他人事と思いたいが実はそうとも言えないからだ。
犯人は同じ学校の奴だな、現場を見れば一目瞭然だ。
ビルの上半分が綺麗に無くなっている。まるで竹を試し切りした様な形だ。
その斬り口は真っ直ぐであきらかに能力者によるものだ。
能力者――――
この世界にはマナ(神秘の力)と呼ばれているものがある。
マナを使用することにより身体能力の向上、物質の強化、超感覚的知覚、念動力、瞬間移動。
そして……創造。上記以外にもさまざまなことができるようになる。
このマナを自在に扱える者が能力者というわけだ。
能力者は遺伝することが多いが突然変異的に生まれることもある。
人数は多くなく、強い力を使えるものはさらに少ない。
さてそろそろ登校しないと遅刻してしまう。
早くお昼ご飯にならないかな。またそんなことを考えながら学校への道を行く。
学校寮五階にある部屋を出て空を見上げた。
外は俺の名前と同じ、清々しい晴天。
俺は神無月晴彦……能力者だ。
そして――――時は動き出す。
吹き荒れる風、叩きつけられる様な雨。
激しく降る雨は何かを流したいのか。
雨の振る量は決まっているのに。
「まっくらだね、おねえちゃん」
「そうね、なにもみえないわね」
「こわいね、おねえちゃん」
「だいじょうぶ、わたしがついているわ」
「そうだよね、おねえちゃんがいるもんね!」
「そうよ、わたしがまもってあげるんだから」
暗く閉ざされた場所での遠い、遠い幼い日の記憶。
もう思い出せない思い出。
でも雨の音だけはなぜか覚えている……。