第8話:宮本玲奈
――愕然とした。
麻里さんが選んだ【PIECE OF MY WISH】。
確かに名曲だとは思う。旋律も美しいし、歌詞も胸を打つ。
……でも。
歌は、その曲単体で完結するものじゃない。
どういうドラマや映画で使われたのか――その「文脈」で意味が決定してしまう。
その基礎の基礎を、まさか麻里さんが理解してないなんて。
あの歌が象徴するのは――自分の妹に男を奪われる物語。
たとえ「自分の妹」か「相手の義妹」かの違いがあるにせよ、
もう「妹」という単語そのものが、この場では禁句中の禁句。
直也と保奈美ちゃんを連想させるワードなんて、危険すぎる。
それを敢えて歌うとか――あり得ない。
戦場で銃を逆向きに撃ってるようなものだ。
私はグラスを置き、深くため息をついた。
今、私たちが考えるべきは、どうすれば幼馴染で「妹的」ポジションの莉子=RICO、
そして「義妹」ポジションの保奈美ちゃんという“強力すぎるツートップ”を追い上げられるか――その一点に尽きる。
「……麻里さん、ほんとズレてる」
心の中でそう呟いた。
私に必要なのは、彼女たちとの差を埋める歌。
そしてそれを直也さんに届く形で示すこと。
だからこそ――私は選ぶ。
【一度だけの恋なら】。
“同じ時を生きていく”――この歌詞こそ、私たちに必要なフレーズだ。
直也と同じ年齢として、同じ目線で、同じ時間を駆け抜けていく。
その覚悟を歌に乗せることでしか、あの二人に追いつけない。
しかもこの曲は、振り付けがついて完成する神曲。
直也のPOP STARをサンノゼで見たときの衝撃を、私はまだ覚えている。
あのとき直也は「オレがやるしかない」事を証明した。
――なら、私だってやれる。
直也見てて。
あなたの目に、私が映るように。
リモコンの液晶に、曲名を入力した。
【一度だけの恋なら】。
「次は、私が歌う番」
マイクを握りしめた瞬間、胸の奥に熱がこみ上げてくるのを感じていた。