第6話:神宮寺麻里
――胸がざわつきが抑えられない。
あの黄色い声援を思い出すだけで、喉の奥が焼けるように熱くなる。
GAIALINQイベントの会場で、直也が舞台に現れた瞬間。
「きゃあああ!」と飛び交った女たちの声。
直也は彼女たちの“アイドル”じゃない。
あの人は――かつて私を愛してくれた人なのに。
……忘れられるわけがない。
私だって、直也にはじめて抱かれたクリスマスの夜を、唇の温もりを、ぜんぶ覚えてる。
私に女としての本当の悦びを教えてくれたのは直也。
直也にはその後も何度も何度も抱かれた。
それなのに……バカだった。
私が愚かで、一度あの愛を見失っただけ。
でも、今は違う。
私は、あの頃に戻れる。いつだって。
直也ともう一度――そう思ってるのに……。
なのに。
あんな女たちの嬌声が直也を覆い隠していく。
私の中の醜い嫉妬心が、胸の内側で黒く膨らんで、どうしようもなくなる。
直也が電報堂の女営業たちに「お持ち帰り」されてしまい、私の黒く膨らんだ醜い感情は更に大きくなってしまいそうだ。何なの、五井物産の広報まで嬉々として一緒に飲みに行くとか。もうステークスホルダーとして五井物産の取締役に申し入れしてやろうかしら。
――腹立たしい。私の直也を何だと思っているの!
でも、一つだけ救いなのは、亜紀も玲奈も私と同じ憎悪をその目に宿している事。
だから私たちは一緒に今晩は飲むことにした。
なんでも、亜紀によれば、女性客メインの面白いスナックがあるんですって。
一人で飲んでいると、すぐにナンパしてくる男は本当に迷惑。
渋谷の場末にあるカラオケスナック「小片谷」。
でも、少しは気楽に飲めるかと思ったのに。
よりによって、由佳に彩花、そしてフェリシテのギャル社長・神楽坂梨奈まで居合わせてるなんて。
もう運命の皮肉としか言いようがない。
そして極めつけが――玲奈。
「君は誰とキスをする~ わたし それともあの娘~♪」
……バカなの!?
何が「こころ揺らす言葉より~無責任に抱いて 限界♪」よ!
何が「今すぐ hold me 理性なんて押し倒して♪」よ!!
もし保奈美ちゃんが、あの歌詞を自分の気持ちに重ねてしまったらどうするの!?
直也に向かって――理性を押し倒してとか保奈美ちゃんが言ってしまうなんて。
そんなの、想像しただけで、もう絶対に許せない!!
私の中の黒い感情は更に大きくなってしまったじゃない!!
私はグラスを強く握り締めた。
もうダメ。ヲタクなだけで玲奈は使えない。アニソンとかふざけないで。
だったら、この場を立て直すのは――私しかいない。
私が、直也の女としての誇りを示すしかない。
今やキー局のアナウンサーであり、役員でもある大先輩――東都大学のOGに連れられて行ったカラオケで、彼女が歌っていた曲。
「私が若い頃の曲だけど、今聞いても素敵な歌よ」って教えてくれた。
本当に素敵な歌。
昔、ドラマの主題歌だったらしいけど。
日頃仕事で忙しい私は、そんなもの見ている暇はない。
でも音楽は素敵。
その夜、私は家に帰ってすぐにネットでダウンロードして、何度も何度も聞いたの。
そして今、その曲を選ぶ。
――【PIECE OF MY WISH】。
これは、私の直也への心情そのもの。
過去の後悔も、今の痛みも、全部この歌に込める。
私は静かにマイクを握った。
「……次は、私が歌うわ。直也を思って」
空気を変えるのは、私の役目。
胸の奥でそう強く呟いた。