第5話:カラオケスナック小片谷ママ
「……あら、もしかして玲奈さん?」
由佳が、笑いをこらえながら声をかける。
「由佳さん!?」
玲奈が目を丸くする。
「久しぶり、高瀬彩花よ。サンノゼ以来かな?」
横から彩花がグラスを掲げる。
麻里も驚いている。
「ご無沙汰しております。そうですね。サンノゼ以来です」
そして極めつけ。
「ふふ、リナもいるよ」
奥から手を振ったのは、神楽坂梨奈その人。
「り、梨奈さん!?」
亜紀と玲奈と麻里が、ほぼ同時に声を上げる。
――はい、修羅場確定。
カウンターでグラスを磨きながら、私は心の中でそっと合掌した。
これから始まるのは、ただのカラオケ・オンステージじゃない。
女の戦場――その第一幕が、いま切って落とされたのよ。
――イントロが始まったわ。
リモコンの液晶に「トライアングラー」の文字が光った瞬間から、嫌な予感しかしなかった。
あれはアニソンの中でも“禁断”の部類。まさか歌うとはね、このオンナ。
イントロが流れ、玲奈がドヤ顔でマイクを握る。
そして――。
「君は誰とキスをする~ わたし それともあの娘~♪」
――ブッ――――!!!!!!!!!!!!
まるで合図を合わせたかのように、カウンターもボックス席も、女たちが一斉に酒を吹いた。
ハイボール、ワイン、炭酸割り。おしぼりじゃ追いつかないわよ、これ。
「“あの娘”って誰よ!?保奈美ちゃん!?莉子!? 玲奈あんた何考えてんの?」
亜紀が目を吊り上げ、グラスをテーブルに叩きつける。
これはあれね、ガチ切れってやつよ。
「直也を巡る三角関係を歌っているようにしか聞こえない!玲奈、ケンカ売ってんの!」
麻里も続く。
美人が激昂して怒る様って、傍目から見るとめちゃくちゃ怖いのよ。
由佳と彩花はテーブルで転げ回って爆笑。
「いきなり、もう止めてwww。キツい、これキツいwww……」
「死ぬwww 涙止まんないwww。もう何なの玲奈さんwww」
奥のテーブルの梨奈なんて、化粧が完全に崩れて涙目よ。
「笑いすぎて無理www マジでお腹痛いww」
でも――ここからが圧巻だった。
玲奈ちゃん。
空気なんて一切読まず、真剣な顔で最後まで熱唱。
「たったひとつ命をタテに〜いまふりかざす〜感傷〜♪」
眉をキリッと上げ、胸に手を当て、完全に「私は銀河の歌姫」モード。
……いや、もう歌詞が地雷なんだってば。
曲が終わった瞬間、店内は再び爆笑と罵声の渦。
でも彼女、ドヤ顔でマイクを置いたのよ。
「……ふぅ。どう? 神曲でしょ?」
――オンナって、やっぱり恐ろしいわ。