第3話:カラオケスナック小片谷ママ
――予約の時間。
カラン、と扉が開いて入ってきたのは三人連れ。
ぱっと見て分かる。
服も髪も、全部きちんと整えてるけど、どこか戦闘態勢。
あれは仕事帰りのオンナじゃなくて、「オンナの武器」を装備してきた女の顔だわ。
「こんばんはー、ご予約の方ですね」
笑顔で声をかけつつ、心の中で呟く。
――はい、今日のメインイベントご一行様ご登場、ってね。
奥のステージブースに案内する前に、耳が勝手に彼女たちの会話を拾ってしまう。
「ねぇ亜紀さん、近々に例の視察の件は、まだ直也には内緒にしてくださいね」
「分かってるってば、玲奈。麻里さんもちゃんと黙っててくださいね」
……あらあら。名前を自分から名乗ってくれたわね。
亜紀、玲奈、麻里。
なるほど――さっき噂に聞いた五井物産のGAIALINQ関係のオンナたちって事かしら?
目の奥の光り方、まるで恋に燃えてるみたい。
もう歌う前から炎上する未来が見えるわね。
さて。奥を見ると、既に先客がいるの。
さっきカウンターで飲んでる二人のオンナ。
落ち着いたスーツ姿、けれどどこか肩の力が抜けてる。
「由佳、今日の直也さんのプレゼンやばかったね」
「でしょ?彩花だって見てて分かったでしょ。直也さんは、もう別格だよ」
――はいはい、ありがとう。由佳と彩花。さしずめ、渋谷のイベントを視察に来ていたステークスホルダー組ってとこかしらね。
でも、今日一番の拾い物はこの人よ。
奥のテーブルでグラスを傾けていたオンナ。
艶やかな髪、強気な目元。けど、ほんの少し拗ねた空気を纏ってる。
一見して「場慣れしたオンナ」なんだけど……。
その人がお通しの小皿をつまんで、ぽつり。
「……やっぱ、リナ、こういうピクルス好きだな。マジヤバい」
――ああ、言っちゃった。
私は心の中でにやりと笑った。
なるほど、あのフェリシテの話題になったギャル社長――神楽坂梨奈って事みたいね。このオンナも渋谷のイベントを視察に来ていたステークスホルダー組ってとこかしらね。
まったく。
今日の「小片谷」、とんでもない修羅場を抱え込んだわね。
オンナたちの名前も、素性も、ここまで揃うなんて――三十年やってきて、初めてかもしれないわ。
「さぁ、どうなることやら」
磨き上げたグラスを拭きながら、私は心の中で呟いた。
歌では炎上、心は修羅場、店の雰囲気氷点下ってとこかしらね。