第13話:カラオケスナック小片谷ママ
――はい、運命の瞬間がやってきたわ。
液晶に浮かぶ曲名――【硝子のキッス】。
もうイントロの時点で、全員が息を呑んでいたの。
玲奈は真剣そのもの。
「今度こそ神曲で決める!」とばかりにマイクを握りしめる。
そして――。
♪「硝子越しのkissみたい〜」
――ブッ――――!!!!!!!!!!!!!!!!
はい、全員一斉に盛大に噴き出したわ。
酒、ワイン、ハイボール、炭酸、お茶……飛沫の嵐。
もう店の掃除が追いつかないレベルよ。大事故発生よ。
「ちょ、ちょっと待って!(怒)直也と保奈美ちゃん案件にしか聞こえないでしょ!」
亜紀が目を吊り上げる。
「“キス”って……しかも“硝子越し”って……もうあの二人のことしか連想できないじゃない!!(怒)」
麻里がグラスを握りつぶしそうな勢い。
由佳と彩花はテーブルに突っ伏して爆笑。
「ムリwww もう無理www 笑い死ぬわwww選曲センスなさすぎwww」
「玲奈さん、炎上芸人として神レベルwww」
梨奈は化粧が完全に崩壊。
「涙でアイライン消えたwww やめてwww 腹痛いwww」
でも、玲奈は空気なんて読まない。
真剣な顔で歌を続ける。
♪「こんな近くて遠いわ〜」
――ブッ――!!!!!!!!!!!!
「いやそれ、直也と保奈美のことじゃん!」
亜紀が絶叫。
「“近くて遠い”とか、完全に義妹ポジションの心情だし!」
麻里も被せてツッコミ。
♪「もどかしいほど好きなの〜」
――ブッ――!!!!!!!!!!!!
由佳が腹を抱えて笑う。
「もどかしいのはあなたの立場になっちゃうよ、玲奈さんwww」
彩花も涙声で続ける。
「いやもう“好きなの”って直也さんしかないでしょwww」
梨奈はテーブルを叩いて爆笑。
「こんなん大炎上確定ソングだってばwww」
玲奈はなおも全力。
眉をきりっと上げ、歌姫モード全開で続ける。
♪「好きだって口に出せば〜」
――ブッ――!!!!!!!!!!!!
「やめろおおおおお!!(怒怒怒)」
亜紀と麻里が同時に怒鳴る。
「“口に出せば”って、保奈美ちゃんはもう、ディスティニーランドで口に出したでしょ!!!それでもう硝子の壁が壊れていたら、どうしてくれるのよ!!!(怒)」
「これ以上なに保奈美ちゃんにさせようっていうのよ!?(怒)」
店内大混乱。
客全員の腹筋は崩壊。
それでも玲奈は一歩も引かない。
最後のフレーズまで、完璧に歌い切った。
♪「硝子越しのkissみたい〜 もどかしいほど好きなの〜」
……はい、終了。
店内は爆笑と怒号と涙と炭酸まみれ。
まさに修羅場の極み。
「いや、アンタ本当に神曲で締めたつもりなの?」
亜紀が呆然と吐き捨てる。
「……炎上職人って肩書、もう逃れられないわよ」
麻里が冷たく言う。
由佳と彩花はもう声が出ないほど笑い転げていた。
「もうこれは、神回www神回決定ねwww」
「伝説確定www」
梨奈は化粧直しに化粧室へ駆け込む。
「もうダメwww アイラインもマスカラも全滅wwwウチ一応パートナー企業の代表なのに、酷すぎる仕打ちwww」
――はい、これにて第五幕のフィナーレ。
まさかここまで燃え上がるとは、三十年この店をやってきた私でも初めてよ。
「……オンナって、ほんと恐ろしいわ」
私は新しいグラスを磨きながら、心の底からそう思った。