第9話:カラオケスナック小片谷ママ
――やっぱりね。
リモコンの液晶に【一度だけの恋なら】の文字が浮かんだ瞬間から、嫌な予感しかしなかった。
玲奈、完全に“勝負モード”の顔つき。
でもこの店じゃ、勝負歌=炎上フラグにしかならないのよ。
イントロが流れて、玲奈がマイクを握る。
振り付けまで入れて、全力の歌姫モード。
そして――。
「一度だけの恋なら〜君の中で遊ぼう〜ワガママなキスをしよう〜♪」
――ブッ――――!!!!!!!!!!!!
はい、また全員一斉に盛大に吹いたわ。
さっきの【トライアングラー】で学習したと思った? 甘い甘い。
「だいたい“ワガママなキス”って、麻里と莉子じゃん!ふざけるな!!」
亜紀が顔を真っ赤にしてグラスを叩きつける。
「……私にケンカ売ってるの?」
麻里が低い声で呟く。あらあら、これはガチで怒ってるやつね。
一方その頃。
由佳と彩花はテーブルで完全に崩壊。
「もうこうなると何歌っても、直也さんの女性関係にしか聞こえないねwww」
「やめてwww 笑いすぎて涙止まんないwww」
梨奈も化粧崩れ上等で爆笑。
「夢の中のシガラミ飛び越えたら保奈美ちゃん大勝利じゃんwww」
……そうよねぇ。歌詞に“しがらみ”なんて単語が出た時点で、大概は相手の女にもう負けているのよ。そりゃあ笑うしかないわよ。
でも、この玲奈ってオンナ――。
最後まで完璧に歌い切ったのよ。
振り付けまで全部。笑顔まで作って。
……その真剣さが、逆に悲劇を喜劇に変えるのよね。
歌い終わった瞬間、店内は爆笑と罵声とため息の渦。
「はぁ……オンナって、どうしてこうも自爆するのかしらね」
私は磨き終えたグラスを並べながら、そっと心の中でため息をついた。
――はい、これにて第三幕終了。
次はどんな火種が飛び出すのやら。