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恋を知らないゆりかご、鈴の音に口付けを。  作者: 福与詩檻


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9/18

「中学の時お婆ちゃんが倒れて病院に運ばれた。その時に助けてくれたのが百合ちゃんだったの」


「そんな細かく覚えてない」


 大事なパパとママの思い出が入ったスマホが壊れたこと以上に嫌なものはなかった。良い思い出も悪い思い出も記憶の彼方だ。


「私が主導してたわけじゃないけど、罪悪感からあの時は悪かったと激キモ百合女と呼ぶように広めたことを告白した。その時に百合ちゃんが私にキスをしてきたの。正直よくわからなくて気持ち悪いなとしか思わなかった」


 近くにある時刻表を見ると次は一時間は先で無人駅には私達しかいない。


「それなのに興味がなさそうで腹が立ったよ。こんだけ嫌ってやったのに無関心だったなんて思いたくなかった。そうして始めて周りの女子があなたのことを好きと言っていた意味が理解できたの」


 田舎の虫の鳴き声は良く耳に響く。


「周りの女子達はあなたと話すのが好きだった。友達との喧嘩や彼氏との愚痴。時に親との関係についても親身になってくれたと言っていた」


「話を聞くのなんて簡単だからね」


「今思うとあの頃が異常だった。仲良く話していた人達が急に態度を変えてくるなんて」


「私もまさかあそこまでされるとは思わなかったな」


 過去を気にしないように私が笑うと桃が私を見上げていた。


「ごめんね」


「もう、いいから」


 桃が私に抱きつくと駅の壁に背中が当たる。


「……百合ちゃんはどういう気持ちで私とキスしたの?」


「高橋翔太先輩が好きだった時のことを思い出して、彼とキスした時は好きな人とするのは気持ち良くて感動した。それを自分をいじめてる人にしたらめっちゃ気持ちいいだろうなと思ってやった」


「性格歪んでない?」


「そうかも」


 私の胸に顔を擦り付ける桃が「私は本気で百合ちゃんのこと好きだよ。振り向いて欲しいの」と呟く。


 近づく顔から逃げられず私は桃とキスをしてしまう。


「これが嘘偽りない私の気持ち」


 桃から離れて駅の外に行く。


「私を好きな理由は?」


「考えたことないな」


「嘘、飲み物どれ欲しい?」


 駅の近くにある自販機を彼女と一緒に見ていると車の音が聞こえてきた。ミニバンが止まるとスライドドアから高橋翔太が出てきた。


 私は桃が選んだものと同じ缶の炭酸飲料を二つ買うと鞄に入れる。


「駅の中で飲みながら話そうよ」


 桃を連れて駅に行こうとするも高橋翔太が目に入ってしまう。


「よ、久しぶり」


 車のエンジン音が止まると賑やかな車内から「ショートケーキノックアウト」のメンバー四人が出てきた。以前付き合ってた頃に彼のスマホでバンドメンバーの名前や顔を見たことがある。


「久しぶり、何か用なの?」


「いいや」


「あれ? 別れたとか言ってなかった? 未練あるの?」


 不機嫌な顔になる高橋翔太の近くで笑うのはキーボードで工藤亜子(くどうあこ)だ。彼女は高橋翔太を困らせるように話しかけている。


「うるさい、亜子(あこ)


 工藤亜子の隣に立つのがベースの北村芳正(きたむらよしまさ)か。確か二人は付き合っていると聞いていたが、彼と別れてから詳しい話を聞いていない。


「二人共可愛いじゃん」


 私や桃を眺めているのはギターの的場陽二(まとばようじ)だ。そして隣にいるのが中原夏芽(なかはらなつめ)という女性で彼女と付き合っているらしい。


「怖がってんだろ」


 中原夏芽は的場陽二の背中を叩くと驚いた表情になる。


「悪い、夏芽(なつめ)……」


 確かに隣にいる桃は私の背中に隠れてしまっている。


「ところで翔太? 話はすぐに終わるのか?」


「 陽二(ようじ)、話か」


「お前未練でもあんの?」


「ねえよ」


芳正(よしまさ)は時間大丈夫か?」


「大丈夫だが……」


 北村芳正が他のメンバーの顔を見て頷く。


「百合さんでいいのかな。君はどうしてここに? 確か翔太と同じ中学だったはずだが」


 優しげに笑いかける北村芳正を見て私は先程の桃への告白で乱された心が徐々に落ち着きを取り戻していく。


「ここは友達と一緒に来てしまって、終わったので帰ろうかなと電車を待っていたところです」


「じゃあ、車に乗る?」


 私と桃はミニバンに乗って地元まで帰ることになった。


「なんで連絡に出ないんだ?」


「スマホないからね」


「へえ……」


 移動中は近くに座る高橋翔太から話を振られることがある。


 正直な気持ちで喋っているせいで周囲から見たら機嫌が悪そうだと思われそうだな。


 高橋翔太の頭を撫でる亜子は「あ……なるほど。翔太は顔と声しか良くないから……」と言いながら笑っている。


「亜子は俺と喧嘩がしたいのかよ」


 彼は亜子から離れると彼女を睨みつけた。


「子供が生意気言うな。私に勝てるわけないだろ」


 私と高橋翔太はあまりお互いの話はせずに「ショートケーキノックアウト」の話で盛り上がった。そこまで詳しくないと言っていた桃だったが好きなバンドグループの話で時折早口になってしまっていた。


 目を輝かせて話す彼女を見ていると自然と私も笑顔になってしまう。


 車を降りると高橋翔太は手を振って「またな」と言って車が去っていった。


 高橋翔太も同じ高校に通っているらしいがメジャーデビューしてから会ったことはない。


 昨日がライブで今日帰ってきたらしいが、他のメンバーと違って彼だけが高校生で大丈夫だろうか。


 手を振る私と桃は去っていく車を見ていたがすぐに歩き出した。


「前々からショートケーキノックアウトの由来を聞きたかったから良かったよ。百合ちゃんは当然知ってたんでしょ? なんで教えてくれなかったの?」


 正直どうでもいい内容ばかり話していたが桃は満足しているようだった。


「そこまで重要なものでもないでしょ。翔太がボクシングの動画見ながらショートケーキ食べていたからというだけの話で、私は別に好きなわけじゃなかったからさ」


「好きものならどんな話でも興味が尽きないのが普通だよ」


「桃ちゃんも好きなの?」


 彼女が身を乗り出す。


「当たり前でしょ! 地元で一番有名なバンドだよ!」


「……あの人達の前では詳しくないとか言ってたけど」


「言うのが恥ずかしくてね」


「別にファンですとか言えばいいでしょ」


「引かれそうで嫌だったの!」


「普通は引かれないよ。純粋な好意を向けられて拒否できる人はいない」


「……百合ちゃんは私のこと好き?」


「そこ繋がる? まあ、好きだよ。友達として」


 鞄から自販機で買った炭酸飲料を桃に渡す。


「ありがと……」


「桃ちゃん?」


 彼女の涙が頬を伝って流れていく。


「あ、え? なんでだろ。やっと百合ちゃんと仲良くなれて、こうして友達になれたのに……めちゃくちゃ嬉しいな」


「……ごめん」


「なんで? やめてよ。謝らないで」


 彼女が缶の蓋を開けると勢いよく噴き出す。避ける暇もなく、桃の顔と上半身が濡れていく。呆然と立ち尽くす彼女は小さく笑い始める。


「散々な結果で逆に笑うしかないよ」


 私は悲しそうな顔をする彼女の頬を伝う炭酸飲料を舐めた。


「え?」


「グレープの味」


 私は鞄から炭酸飲料を取り出すと缶の蓋を開ける。私に桃と同じ勢いで噴き出すグレープ味の炭酸が顔面を覆った。


「私が好きな味だから買ったんだよ。別に泣いてほしかったわけじゃない」


「本気でやめたほうがいいよ。そういうこと」


「本気で好きじゃないからね」


「酷いな、嫌いになりそう」


「いいよ」


「やだ」


 ジュースで汚れてしまったので拭ける場所だけ綺麗にして桃の家に行く。私は一つしか制服を持っていない。それを伝えると昨日と同じように二人で風呂に入り、体を綺麗にしてから替えの制服を貸して貰う。


「本当に学校行かないの?」


「今日は疲れちゃった」


 昼頃学校に到着してからも桃との会話が頭を離れなかった。


「百合ちゃん? 午前中どこ行ってたの?」


 鈴蘭の無邪気な声が聞こえる。


「桃ちゃんと遊んでた」


「学校行かないで遊ぶとか駄目だよ、駄目!」


「はーい」


 放課後まであっという間に時間は進んだ。帰りに桃の家に寄ることを伝えると鈴蘭も一緒に行くと言った。彼女と一緒に桃の家に行くことが決まっても心は休まない。何故私は人に嫌われようとしているのか不思議な気分だった。


 きっと誰かと仲良くなるのが怖いんだ。


 不安定な気持ちを抱えながら家に上がって桃の顔を見ると想像より落ち着いていた。


「制服乾いたから」


 桃は綺麗になった制服を渡す。


「後で綺麗にして返すね」


「うん、それで鈴蘭ちゃん。話があるの」


「何?」


「百合ちゃんは先に帰って」


「え、あ……はい」


 暗い夜道は私一人だと寂しかったが星空を見ていると考えが切り替わる気がした。


 学校にも慣れた頃、自然と喋る人は固定されていた。そこに時折入り込むクラスの女子数人が私の中学時代の話をする。都合よく私がされていた様々ないじめの部分を話さず、話題は当時所属していたバスケ部の話に移る。


 え、岸辺さんってバスケ部だったの、確かにちょっとかっこいいよね。などと騒ぎ立てる女子達が何やら私の色気やら身長の話などを大声で話す。


 彼女達は何故人の話を勝手にできるのだろうか。


 そうして気づけば同じクラスの女子に囲まれていた。特別な接点のない彼女達の不自然な言動でとあることに気づいたのは高校の女子バスケ部について話し始めたからだ。


 彼女達は私を女子バスケ部に誘っているつもりのようで時折こちらを見ている。


 そして自然な流れで私は体育館まで行くことになってしまった。

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