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恋を知らないゆりかご、鈴の音に口付けを。  作者: 福与詩檻


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8/19

 ゲームを中断した菫はコントローラーから手を離してこちらを見る。


「そうだ。今度は来週発売のゲームのギャラクシーパラディンナイトホークをやりたい! あれ協力プレイできるからみんなで遊べるよ! 最大六人までだから椿ちゃんと撫子ちゃんを合わせて四人は大丈夫そうかな?」


 笑顔の菫に頷く撫子が「後二人? 探そうか?」と聞く。


「それいいね! 私今がすっごく楽しみになったよ! ありがとう!」


「私こそありがとう」


 撫子が穏やかな表情を向ける菫を微笑ましく見ているとスマホの通知音が鳴る。彼女はスマホに届けられたメッセージを確認して「そろそろ帰らないとな」と言う。撫子の言葉で椿も立ち上がると不機嫌そうになりながら菫は玄関まで見送ってくれた。


 帰り道は撫子と椿に挟まれながら歩く。


「菫ちゃんは今日は随分と楽しそうで良かった。私は椿ちゃんと違ってあまり中学の時に話すことがなかったからわからなかったけど、あの子も色々と抱えているものがあるのかもと思ったよ」


「同じグループだと思ってた」


 私の顔を見つめる撫子は笑う。


「違うよ。クラスが同じだから話す機会はあったけどね……きっかけは百合ちゃんがキスした時」


 私が立ち止まると椿と撫子は前に歩き出した。


「どうしたの?」


 撫子の顔を見ずに明かりのない道を指差す。


「私こっちだから、それじゃ」


「またね」


 二人と別れて歩き慣れた道を進む。夜道にも慣れない頃と違って暗闇は怖くなかった。


 今更怖くなってきたのは誰かを傷つけた可能性について。


 過去を振り返ると私は酷いことばかりしてきた。自分に問題があるのに環境のせいにして嫌な気分にならないわけがない。


「ん?」


 背後から聞こえる足音に耳を澄ます。


 緊張しながら早足で歩くと足音が消えた。振り向くと男性が家の中に入っていく。その顔は見覚えがあった。


 清水先生だ。


「百合ちゃん!」


 物音と一緒に桃の声が聞こえて見上げると彼女が窓を開けていた。


「桃ちゃん! ここに住んでいるんだ!」


「どうした?」


 清水先生が私と桃を見る。


「パパはあっち行って!」


「相変わらず先生は桃から嫌われていますね」


「昔はもっと素直だったんだけどな……見るか?」


 家の中に入って清水先生のスマホにある桃の小さい頃の画像を見る。幼い桃はカメラに目を向けずにどこか違う方向を見ていた。


「隣にいるかっこいい男の人は誰ですか?」


「……そんなに変わったかな」


「え? 清水先生?」


「娘からデブと言われた時は傷ついたよ」


 確かに優しい表情は変わらない。


「どこかの芸能人みたいにかっこいいですね」


「元々歌手だったんだ。俳優としても活躍してたとは思うんだが今の人は知らないか」


「知りません。そんなに有名だったんですか?」


「そう記憶してるんだが……とにかくあの頃は芸能界が合わなくて辞めたわけ。そして当時持っていた教員免許で今こうして働いてる。面倒なことに痩せてると娘に怒られるが、太っても変わらず文句が多いんだよね」


「……何話してるの? パパはさっさと着替えてきて、百合ちゃんも」


 清水先生がいなくなると桃が私の手を引っ張ると家に上がることになる。戸惑う私をリビングに通すとエプロンを着た一人の女性がスマホ片手に誰かと話しながら料理をしていた。すぐに通話が終わり「友達?」と桃に聞く。


「うん」


「ちょうどいいや。お婆ちゃんの分多めに作ったから食べてきな」


「お婆ちゃん来ないの?」


「今日は無理だって」


「百合ちゃん! 今日泊まろ!」


「あ……迷惑じゃなければ」


「子供が遠慮なんてするな。早く食べろ」


「……あれは誰?」


「あれはうちのお母さん」


「顔似てるね」


「普通じゃん」


 桃の家族と一緒に夕飯を食べると一緒にお風呂に入ることになる。念の為に私は家族に連絡を入れたが二人は別に無理して夕飯作らなくてもと笑っていた。


 桃と狭いお風呂で向かい合うと不思議な気分になる。


「どうしたの?」


「いや」


 桃が緊張した様子でうつむく。


「うちのお母さんって強引でしょ。こんなにも狭いお風呂なのに一緒に入れって、どうなんだろうね」


「そのほうが効率的だからとかじゃないかな。女同士なら一緒に入ったほうが節約できるし」


「そうじゃない」


「違ったか」


「……何もわからない鈍感でのんびり屋に言っておきます。私は百合ちゃんに告白しました。そして今すっごく恥ずかしいのに足とか手が当たって気まずいです」


「好きにならないよ」


 桃の手に触れると彼女の指先から肩までを沿うように自分の指でゆっくりと撫でていく。顎まで指を這わせ少し持ち上げる。


 この距離なら簡単に唇を重ねてしまう。


 私は返事のない彼女から離れると黙って体を洗う。彼女を見ると浴槽で縮こまっている。風呂場から出て桃のベッドで一緒に寝ることになった。


 彼女は後ろを向いて私と話そうとしなかった。


 一緒に登校するも一言も話そうとしない。


「桃はなんで私が好きなの? 私からしたらなんで好かれてるかわからないな。こんな女を好きになるとかおかしいよ」


 桃は何も言わずに私と腕を組んで密着する。彼女と電車を待っていると駅の反対側のホームに向かって桃が歩き始めた。


「桃? そっちじゃないよ」


 先程までいたホームとは逆に到着するとこちらには誰もいない。


 腕を組む桃から離れられずに困惑していると「今日は学校休もうと思って……付き合ってくれる?」などと言いながら到着した電車に乗り込もうとする。


「え? ちょっと」


 電車に乗って普段とは違う景色を眺める余裕もなく、何を考えているのかわからない桃に従う。


「腕を掴まなくても逃げないよ」


「わからないじゃん」


 電車で一時間ほど経つとようやく駅に到着した。無人駅で呆然としていると桃が歩き出す。少し進むと大きな家が見えてきた。辺りを見ながら桃と一緒に近くにある木に隠れると指差す。


「あれが私のお婆ちゃんの家」


「大きなお家」


「田舎だとあれぐらいの家多いよ」


 木に隠れて待っていると誰かが出てくる。


「うちのお婆ちゃん。私が大好きな人」


「優しそうなお婆ちゃんだね」


「昔から家に行けばお婆ちゃんが私の好きなアイスを買ってくれた。何もないお婆ちゃんの家には色々な思い出があるの」


 彼女の祖母は家の庭で草むしりを始める。背中を向けていることもあってこちらに気づく様子はない。


「帰りましょ」


「声かけなくていいの?」


「怒られちゃうもの」


「そこは気にするんだ」


 田舎は殺風景で駅まで誰とも出会うことがなかった。


「聞いてくれる? 私が百合ちゃんを好きになった理由」


 私には彼女の腕を引き剥がすことができない。


「聞くよ」


「大好きなお婆ちゃんを救ってくれたからなんだ。感謝の気持ちで好きって変かな」


「私に聞かれても」


「だよね。百合ちゃんって中学の時ちょっとだけ人気だったんだよ。そんな理由で好きな人もいたんだけど……私は特別好きじゃなかった。だって、少し顔がいいからって理由で女の子を好きになりたくないの」


「よくわかんないな」


「今思えばだけど、私は男の子が好きだと思ってたの」


「それ自然じゃない?」


「男の子が好きな私は百合ちゃんのことを好きなつもりはなかった。そして気づけば流されていじめに加わるようになっていたの。百合ちゃんが知らないと思って酷い悪口を言った」


「ま、そういうもんでしょ」


「百合ちゃんって一人でいることが多くなってかっこいい彼氏もできて……なんとなく嫌なイメージばかりが女の子の間で広まった。ちょうど高橋翔太先輩と付き合ってしばらく経った頃、ファンの間でうちの中学の子とデートしてるという噂を聞いたの。その後ぐらいにスマホを奪うように話が進んだ」


「男子から聞いた話と一緒だ」


「男子謝ったんだ」


「私がいきなり女子にキスした後ぐらいにね。男女問わず」


 女子のいじめが始まっても私と仲良く話をしていた男子が急に態度が変わったのは驚いた。まさか男子からも無視をされるとは思わなくてショックを受けていたような気がする。


「どんな話をした?」


「女子からはまた仲良くしてくれますか。男子からもごめんなさいと頭を下げられた」


 あの頃桃に話しかけられたが正直興味がなかった。


「こんなこと言っても許されるわけないと思ってるけど、私は他の人と違って嫉妬とかじゃなくて、流されて色々とね……」


 泣きそうな桃に困惑してしまう。


「別に恨んでないよ」

 

「私があなたを激キモ百合女って呼ぼうとみんなに提案したの」


「それ一つで私が傷つくと思ってるなら笑うしかないよ。私は呼び方じゃなくて友達だと思ってた人に裏切られたのに傷ついたの。どうでもいいけどさ」


「女子もだけど、男子も酷いんだよ。百合ちゃんに彼氏ができたとわかってない時は女子の提案に乗らないでスマホを奪わなかったの。それではっきりと高橋翔太先輩とデートした証拠まで広まったら、急に誰も助けなくなったのが露骨でね」


 桃から鼻水と涙が出てきたのでティッシュで拭いてあげる。


「男子達にも意外と傷ついてないようで安心したとか言われて、あの仕打ちで前の通り話しかけてくる気持ちがわからなかった。それは女子も同じで話しかけるの止めちゃったよ。それでお婆ちゃんを救ったってどういうこと?」


「言葉通りだよ。救急車を呼んでくれた、それだけ」


「それが私を好きになった理由?」


「弱いかな」


「弱いも強いもないよ」

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