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恋を知らないゆりかご、鈴の音に口付けを。  作者: 福与詩檻


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6/22

 あの当時私は少し荒れていた。


 中学の時に血の繋がらない父親が新しい母親を連れてきたことがあった。普段から愛想のない父が母の前で見せる笑顔に気持ち悪さを感じて、なるべく部屋から出ないようにしていた頃だ。


 椿とは偶然通りかかった道端で座っていただけで別に話しかけるつもりもなかった。同じクラスにいたことは知っていた程度で通り過ぎるつもりだった。


 あの時椿の頬が赤くなっていて誰かに叩かれたように見えたが、他人の事情を気にすることもやめてすぐに立ち去ろうとする。その時不意に男性の怒鳴り声が聞こえて彼女は涙を見せた。小さく「お父さん」や「お母さん」などと呟く様子から家族の間で何かがあったことを察した。


「家族か」


 声の聞こえる方向へ歩いていくと男性と女性の口論が聞こえてきた。どうやら椿の父も母も浮気をしているようで自らの主張を曲げようとしない。更には椿は日常的に父から暴力を振るわれている様子で母からは一切食事を与えられていなかった。二人は彼女についての話をしているようにも思えるが実際はお互いの悪口を言い合っているだけのようにしか聞こえない。


 私は自分の両親との楽しかった日常を思い出す。


 幼稚園の時にあった記憶なんてほとんど覚えていないが楽しかった。


「生きてるのにふざけやがって……支え合えよ」


 一人道端で泣いていた椿を思い出すと後先考えずに家へと乗り込んで二人を持っていた鞄で顔を叩きつける。突然現れた私に困惑する二人に向かって控えめな小学生でもできる罵倒すると持っていた鞄を床へ投げつけた。


 怯えていた二人に「娘を大事にしないなんて!」と叫ぶと慌てていた彼女の父の股間を蹴った。そして逃げ惑う彼女の母の顔面をテーブルに置いてあった食器で殴りかかる。その場にあるもので顔を中心に痛めつけると二人は血を流して泣いてしまう。


「もう! やめて!」


 そんな阿鼻叫喚(あびきょうかん)の有り様に私を止めようと椿が叫んでいた。


 その声で私は自分のやったことに気づく。


「……岸辺百合さん……だよね?」


「ああ……ごめんなさい。本当にこんなことして」


「いいよ。私から見れば二人なんて死んだほうがいい存在だから……でもね」


 彼女は震える二人を抱きしめた。


「大切な家族なのは変わらない」


 それから救急車に運ばれていく姿を見送ったが私は何も言われていない。


 椿とも昨日会うまで一切話をしなかった。


 当時を思い出しながら怯える二人に私は「あの時は色々とすみませんでした」と頭を下げる。


「いや、いいんだ」


 彼女の父は若干無理に笑顔を作る。


 椿は私の手を握る。


「私の声は誰にも届かなかったのにあなただけは届いた。そして家族の関係を変えてくれた。ちょっと強引だったけどね」


「流石にやりすぎたよね……」


「いいんだよ。あんな親と血の繋がりがあるだけで気持ち悪いのに……殺さなくてありがとう。私にとって素晴らしい繋がりは百合ちゃんだけなんだもの……それをもたらしてくれた両親には感謝したいよ」


 もしかして前に神様とか言っていたのは、これが理由だったりするのだろうか。


「私は暴力を振るっただけだよ」


「違う。暴力のすべてが間違ってるとは思わない」


「手段は間違ってる」


「正論だね」


「百合! ここにいたか」


 私の父が近寄ってきた。


「理想はそう。誰も傷つけちゃいけない。そんな綺麗事言えるのは神様だけだよ」


「私は神様じゃない。偶然私よりも悪そうな人がいて、正しそうなことをしただけ」


 父と母が近づき私と椿が手を握っているのを見る。


「百合? お友達?」


「お父さん、こちら川上椿。私の友達」


「はじめまして、娘がお世話になっています。ん?」


 父は冷や汗を流す椿の両親を見て「大丈夫ですか?」と声をかける。


「大丈夫です。さあ、椿。行こうか」


「そうそう! 今日は椿が大好きなハンバーグを作ろうと思うんだ! お母さん、奮発してケーキも買っちゃう!」


 私は椿と手を離す。


「じゃあね、椿ちゃん」


「うん、百合ちゃん……偶然だとしても私の為に起こしてくれた行動こそ素晴らしいと感じてる。私の理想を奪わないで」


「私は自己中心的で嫌な奴だよ」


「神様はそういうものだと思うな」


「私は椿ちゃんの友達になりたい」


「友達だよ」


 椿は両親と手を繋ぎながら帰っていく。


「高校になってから百合は色々な友達と仲良くなって嬉しいな」


 詳しい話を聞いていない父は呆れるほどの笑顔を私に見せる。


 健全な関係なんてあるのだろうか。


 そんな私を見て母は少々心配そうにしていたがすぐに笑顔へと変わる。


「どこか食べに行こうか」


 父に連れられながら母と話をしているとチェーン店のイタリアンレストランに入る。


 私達は濃厚なチーズがたっぷり乗っかったでボリュームのあるピザを注文した。トマトソースの酸味に刺激された舌がチーズとの相性の良さに私達が満足して次の料理を待っていると子供の声が聞こえる。


「来週発売のギャラクシーパラディンナイトホーク! 絶対買って!」


「誕生日プレゼントは決まったようだね」


「他のゲームにしようかと思ったけど、スマホで友達と協力プレイできるらしいの!」


 子供の話を聞いていると父の注文するパスタが届く。


 店員に頭を下げる父は私に向き直る。


「そういえば百合が小学生の時、随分と流行ったゲームの名前だよな」


「そうだっけ」


 テーブルに母と同じ二つのグラタンが一緒に置かれると私は食べ始めた。


「新作が出たんだな」


「お父さんがゲーム好きとは知らなかった」


「好きじゃないぞ。あの頃は百合が好きだったんだ」


「私?」


「俺とは話してくれなかったが」


「あ……そうね」


 私が悪いような言い草に嫌な気分になりながらも当時のことを考える。


 小学生の時に亡くなったパパを忘れてママが知らない男と付き合い始めたと思っていた時期があった。そんなママを嫌おうとしながらも今の父と色々と話をした記憶がある。


「小学生の頃のことなんてよく覚えてるな」


「そんなに前のことじゃないからさ」


 今の父が言っているのは血の繋がった私のママの話なのだろう。


 隣で母は何も言わずにグラタンを食べている。


「……ギャラクシーパラディンか」


「よく菫ちゃんの家に行ってゲームをしてたとかあいつから聞いたな」


 父は亡くなったママの話をあまりしない。本気で好きだったのが伝わるので誰にとっても地雷にしかならない話題となってしまっている。


「三浦菫のこと? 私遊んでたっけ?」


「確か……そんな名前だったと思う。わからん」


 母はグラタンを食べ終わってパンナコッタを食べている。気づけば父も運ばれてくるティラミスを美味しそうに口に入れていた。


 二人がコーヒーを飲んでいる姿を見ながらグラスに注がれた水を喉に流し入れる。息つく暇もなく足を動かす店員が汗を拭うと、不意に開けられたドアから風が入り込む。大きく開かれたドアを数人の客を出迎えようと店員が歩き出す姿を見ていると一瞬スカートが翻る。


 うたた寝しそうになりながら店員の横顔を眺めると彼女の綺麗な白い肌が目に入る。可愛らしい服を着ながら風で揺れるスカートに心が乱されていく。


「……私もコーヒー飲めば良かった。眠い」


「飲むか?」


「いいから、もう帰ろう」


「わかった」


 父が立ち上がると母と私も鞄を手に取る。


 会計を済まして父と母が外に出ていく。私も後を追おうとするも「ちょっと! 待って!」と声をかけられた。


 振り向くと鈴蘭がいるのに気づき目が覚めてしまう。


「百合ちゃん! なんで気づかないの!」


「ごめん。眠くて……ここで働いてるんだ」


「そうだよ。親に相談したら社会経験も必要だと言われて近場のバイト先でここを選んだの」


 以前見たチェーン店とは違って制服が可愛かった。


「制服可愛いね」


「ありがと、そこも好きなんだ。私百合ちゃんと会えて嬉しい」


「私も……またね」


 仕事の迷惑にならないように背を向ける。


「うん、学校で」


 私は彼女のことを何も知らないことを思い知った。


 楽しい休日が終わると学校が始まる。


 今日は誰とも帰らずに一人で家までの道を歩くと三浦菫がいた。彼女の後ろを歩くと耳にはイヤホンをつけて音楽を聞いているようだった。隣にいても彼女は気づく様子はない。夢中で時折口ずさむ歌は最近の流行りなのか聞いたことがある。


「菫ちゃん!」


「お! びっくりした!」


 菫は思わず地面に手をつく。


「驚かせないでよ」


 笑う彼女に手を伸ばすと一緒に流行りの音楽を聞きたいと伝える。彼女は喜んでイヤホンを差し出すとスマホで以前見たアニメ映画の主題歌を聞くことになった。


「百合ちゃんはゲームって好き?」


 隣で私の手を掴む菫に「興味あるよ」と握り返す。


「家来る?」


 堂々と背を伸ばしながら菫が私を見上げる。


「そうだね。今から菫ちゃんの家行ってゲームでもしようか」


 菫が遠くに見える家を指差す。


「あれがうち! 行こ、百合ちゃん!」

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