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恋を知らないゆりかご、鈴の音に口付けを。  作者: 福与詩檻


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5/16

 放課後になると二人でSNSを確認する。私の顔が上手に貼り付けられた画像と一緒に様々な英語や日本語が入り混じるコメントを見ていく。


「顔が良いから人気だね」


「褒めても何も出ないよ」


 宗教画のようにも思える私の顔を見ていると笑えてきてしまう。


「これって何が目的で投稿してるんだろ」


「承認欲求でしょ」


「そんなのみんな持ってるよ。わざわざ私の顔を借りて投稿する特徴って何かなと思って……鈴蘭は私のこと恨んでいるわけじゃないとか言ってたけど、好きだからって他人で何をしたいのかちょっと理解できない」


「昨日百合ちゃんの偽者に連絡して返ってきた文章見て理解できる?」


 私がスマホで昨日送られてきたものを見る。


「いや、何も……我々は神様の下僕であり、至高の御方は群衆の苦悩を知る為に云々とか言ってたね。多分だけど、喜んでそうかな? 戸惑ってるようにも感じるが」


「頭を鈍器で殴られたら理解できそうだけど……私はこういう人は見た目だけなら案外普通だと思う。それでも会う場合は何人か助けを呼ぼう」


「私は神様ではないんだけどな」


「何話してんの?」


 桃が私達が見ている画面を覗き込む。


「百合ちゃんSNSやってんだ!」


「これは誰かが勝手に作ったの。どこかで撮った私の写真を加工して投稿してるみたい」


「誰かに言ったほうがいいんじゃない?」


「別に大したことじゃないでしょ」


「百合ちゃんは何もわかってない!」


 桃が私の肩を掴む。


「こんなの人の尊厳を破壊する行為だよ。許しちゃ駄目!」


「そうだよ。通報しよう」


「被害は出てないんだからいいじゃん。コメントのみんなも楽しそうだし」


 正直英語で何を言っているのかわからない。こんなにもハートマークが飛び交っているのは奇妙だが不快感はなかった。日本語や英語で可愛いとか言われるのも別に悪い気分じゃない。


「褒められてるから許そうなんて思ってないよね?」


「……通報するにしても連絡を取ってからだよ。そこでどうするかは私が決めることかな」


 意見を押し通すのは難しくない。


 それに私自身の問題を解決するなら一番簡単な方法がある。


 SNS上の百合ちゃん教というアカウントに私が通っている学校の名前と地図を入力した。


「勝手に! 鈴蘭ちゃん!」


「わかってる」


 スマホを奪い取ろうとする鈴蘭と桃が動き出す。手元にあるスマホを机に置くと二人の口に指を入れて動きを止める。驚く二人の口に左手と右手の人差し指を入れながら「桃に聞きたいことがあるんだ。私のことが好きというのは本当?」と言った。


 桃は人差し指を突っ込まれながら頷く。


「私が何をしても嫌いにならないなら黙って見てて」


 桃の口から取り出した指を自分の口に入れる。そして口から出したら指を桃に向けた。


 こうして場の空気が悪くなる瞬間が私は好きだった。


 変なことをすれば誰も私に逆らわない。


「過去のことで何も思わないわけじゃない。いじめは普通に傷ついているの。面倒だから関わりたくなかっただけ。桃ちゃん? あなたは私の背中だけ見てな」


「見たくない背中」


「ありがと」


 鈴蘭の口にあった人差し指を取り出すも私は流石に同じことができずに桃の口に入れた。すぐに桃が私の手を掴むと口から指を引き抜き「何すんの!」と怒り出す。


 スマホには短く「わかりました」とだけ返信がきていた。教室と時間指定して送信すると三人で待つことにする。


「本当に来るかな」


 鈴蘭と桃は椅子に座りながら暇そうにSNSを見ている。三十分ほど待って誰も現れないので二人に任せて、一人トイレでも行こうと教室を出ると誰もいない廊下から足音が聞こえてきた。遠ざかる足音に何気なく立ち止まると曲がり角から顔が見える。


 以前私がキスした椿だ。


 声をかけようと近づくと逃げられてしまった。


 追いかけることもできたがトイレを優先することにした。静まり返る女子トイレで鏡を見ていると背後から誰かが入ってくる。


「あの……お返事ありがとうございます……」


 先程私から逃げた椿が非常に小さな声だが何かを言っている。


「何?」


「私は百合ちゃん教という名前で活動……いや、すみま……せん」


「そうなんだ。昨日はもっと饒舌(じょうぜつ)だったよね」


「神様には日頃から感謝の言葉を天に向けて発信しているのですが、それが届いたのか今日はどのような用件でしょうか」


 目を泳がせながら喋る唇は震えていた。


「神様か……なんで私の写真を使っているのかなと思って」


「無断で使うのは悪いことだとわかっているのですが、神様の姿を愚かな民にも見せることを止められなくて……すみません」


「これから私の許可を取ってね。それと神様はネットだけにして、普通に喋れるでしょ」


 私が鏡に向き直ると椿は「それだけ?」と呟く。


「今のところは本気で私が嫌がることをやってないし……私に対するいじめだったら困るけどね」


「もうしません」


「本当に?」


「誓います。破ったら死ぬ覚悟ができていますので」


「死ぬのはやめてほしいな。写真以外は好きにしていいよ。これから普通に友達として」


 私がトイレから出ると彼女は「これからも……話しかけていいですか?」と泣きそうな顔で言った。


 なんだか私がいじめているみたいだ。


「いいよ」


 教室に帰ると二人に先程の話をした。何故一人で話に行ったのかと怒られてしまう。この二人は少々過保護すぎる。


 帰りは鈴蘭と別れて桃と同じ方向の電車に乗る。


「なんで同じ学校の生徒だとわかったの? いきなり今日とか言われて行けるはずないと思ってたんだけど」 


「百合ちゃん教という名前なら私の知り合い。しかも、私の写真を使ってるなら更に近くにいる。学校を指定して、もしも来れないなら近くにはいない人だが……その線はないと思ってた」


「なんで?」


「あの時すぐに返事をしたから彼女はきっと活動がバレたと焦っていた。誤字はなかったが、必死に自分を偽ろうとする姿勢が文章から見えた。私も同じようにネット上で自分を偽るなら性別を変えるとか、色々と変化を加えるはずだから」


「あのSNSに上げてた写真も本当に百合ちゃん?」


 彼女は私の本名で作られたSNSのアカウントを指差す。


「私が普段着てる服もある。後は近所で同じような服着て歩いてるからわかる人なら反応するかもと思って」


 桃は椿が作ったSNSを眺める。


「人ってわからないもんだな。川上椿がね」


「知ってるの?」


「ほとんど話したことない。百合ちゃんよりも男子から告白されることが多かった印象かな。そういえば前に連絡先なら交換したような。結構昔だから確か……あった」


 桃が椿にメッセージを送ると「どうか許してください」や「すみません」などと謝罪の言葉が続く。桃の代わりに私が入力する。


「許すよ……と」


 桃は電車に揺られながら「アイドルをやってるイメージないんだよね。前まで休止してたから」と言って爪をいじる。


「知らなかった。だから可愛いんだ」


「……そうだ。明日はショートケーキノックアウトのライブがあるけど」


「行かないな」


「そっか」 


 残念そうな顔で見つめる彼女を申し訳なく思い、途中の帰り道では予定が合えばという話をして家に帰った。


 翌日、私は朝から少年漫画を見ることにした。休日ともなるとリラックスの為に物語の世界に足を踏み入れることが多くなる。


 今見ている少年は色々な世界を冒険している。


 地球は広いのに部屋の隅っこでいるほうが気が楽な私と違う。


 太陽を浴びることもせずに何も望まない私のような存在は物語にはいない。ここにいる少年は私と違って異性で主人公がどれだけ傷ついても私は一切共感できないので一周回って好きになった。


 変に恋愛要素が絡むと過去の思い出を掘り起こされてしまう。


「百合? いる?」


 父がドアを叩く音が聞こえる。


「いる」


「今いいか?」


「いいよ。あ、映画」


 ドアを開けた父が呆れたように「忘れてたな」と呟く。


「行くよ」


 私が父に好きだと言っていた少年漫画のアニメが映画になったのだ。大迫力の映像を見られると以前から家族内で話を進めていた。


 少し車を走らせれば映画館がある。そこに父と母を加えた三人で楽しんだ。子供向けとは思えない血湧き肉躍る映画で主人公と悪役の掛け合いや脇役同士の些細な会話に至るまで、どれも原作を忠実に再現して三時間という長い時間を過ごした。


 私はポップコーンを食べる手が止まらなかった。


 満足しながら映画館を出ると見覚えのある顔を目にして立ち止まる。椿とよく似ている女性だが微妙に顔が違っているようにも見える。


「あの人、どこかで」


 その女性に近寄る男性がパンフレットを広げて何かを話している。


 私が見ていることに気づかない二人は若い夫婦のようで癒やされていると小さく「百合ちゃん……」と囁くような声が聞こえて振り返る。


 昨日会った椿が私を見ている。


「英語見に来たの?」


「うん、百合ちゃんもなんだ」


 椿が手を振ると先程私が見ていた若い夫婦が私を見て、一瞬顔を見合わせてから徐々に歩き出した。


「お父さん、お母さん……こちら岸辺百合。知ってるだろうけど」


 二人が気まずそうにしながら「こ、こんにちは……岸辺百合さん。その色々とごめんなさい」と不自然な笑顔を見せると唐突に頭を下げる。


 椿の両親が私に頭を下げる意味を考えているとすぐに思い出した。


「そういえば……あの時の二人か」


 中学の時に椿の両親とは会ったことがある。


 当時椿の両親は派手な格好をしていたし、ここまで穏やかな雰囲気で話をしていなかった。


「いや、私もごめんなさい」


 私は椿の両親に酷いことをしてしまった。


 そして容赦なく罵倒を浴びせた記憶があるのだ。

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