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お風呂に入った後はベッドに座りながら音楽を聞いていた。古い曲などを中心に歌詞を頭に入れていると急に鈴蘭からビデオ通話がかかってきた。慌てて出ると普段の鈴蘭とは違った格好をしている。少し彼女にドキドキしながら見ていると頭を下げて「いきなり、ごめん」と謝罪を口にした。
「話せて嬉しいよ」
「顔も見たくて」
「私だって見たかった。あ、やだ」
「どうした?」
「髪の毛……ぐちゃぐちゃだ」
「そんなこと気にしてたの?」
「普通は気にするよ……」
「今のままで大丈夫だから聞いて……」
楽しげに話す彼女の声を聞きながらベッドに潜り込む。
目を閉じても耳に優しい音が響く。
子守唄のような彼女の言葉は眠気を誘う。
早口で喋ることはない。
ゆっくりと一つの音を大事に響かせている。
「それでね……それで」
話の内容が途切れたと思い目を開けると彼女の顔が見えた。ベッドの上で目を閉じながら口をぱくぱくとしながら何かを喋ろうとしている。
「私より眠そうじゃん」
突然画面が天井を向くと彼女の寝息が聞こえてきた。
「おやすみ」
私は通話を切ると電気を消した。
翌朝は鈴蘭が車で私を迎えに来てくれた。感謝を伝えながら車に乗り、二人で外の景色が変化していることを話す。
「あれ? もう秋か」
季節の変化を楽しむ鈴蘭の顔を見つめていると彼女は「来週って予定ある?」と聞いてくる。
「何もないよ。家でゆっくりしようかな」
「それならリリアランドで行われるハロウィンイベントに行かない?」
リリアランドは三方を海に囲まれた活気ある食文化が根付いた街に建てられたテーマパークだ。
「行ってみようかな。生涯で一度は行かないと損だろうし」
「そこまでじゃないよ。私だって映像でしか知らないからわかんないけど、楽しそうだなと思ってさ。それで試しに仮装でもしてみない? 今回は特別に仮装しても大丈夫だからさ」
「いいんじゃない? 用意してあるの?」
「実はね」
「楽しみにしてるよ」
車から降りてからも私達は来週のハロウィンについての話で盛り上がった。
週末に私は鈴蘭の車に乗って事前に用意された仮装の為に彼女の家に行く。誰もいない広い空間を歩く鈴蘭の背中を見ていると彼女が不意に振り向きコスチュームを見せた。
「これだよ。今日着るのはヴァンパイアシスター!」
「……なるほど」
この服を外で着ると恥ずかしいな。
「それっぽいの選んだんだよ? どう?」
鈴蘭で想像すると素晴らしいと思えるが隣に立つと質の高さに私が怯えてしまいそうだ。
「似合うかな……私そんなに可愛くないし」
「可愛いよ。とっても可愛い、こんなにも可愛い女の子はいない」
「でも……」
「一度着てみたらわかるよ」
私が葛藤しているのに鈴蘭は用意したハロウィンコスチュームを着ていく。黒のシスタードレスと白いウィンプルを私に見せながら十字架のネックレスも首にかける。
鈴蘭を可愛いと心の中で言いながら私も同じように着ると目の前にある鏡を鈴蘭が見せた。
「悪くないか……」
「納得したなら、さっさとやっていくよ」
二人一緒に鏡を見て真っ黒なアイシャドウなどを使いながら少し涙でメイクが落ちたようにする。相手の顔にやるので緊張するが意外にも完成すると上手に出来てしまう。お互いの唇に真っ赤なリップを塗っていくと牙をつける。
使い捨ての赤と黒のカラーコンタクトをつけた段階で、既にこれが自分とは思えない姿をして鏡の前でポーズを取り始めていた。
夢中になって色っぽいポーズをするも彼女は何がおかしいのか笑い始める。
私は少々不満に思って彼女に背を向けるも「可愛いよ」と言う言葉に満足してしまう。
「……行くよ」
「車待たせてるからね」
彼女に言われるままに車へと乗り込んでリリアランドまで向かう。途中渋滞を挟みながら到着すると周囲には私達と同じようなコスチュームをした人が大勢いた。
あまりテーマパークに行った記憶がないせいか異様な光景に立ち止まってしまう。
「これって全員人間だよね?」
「わかんないよ。百合がそう思ってるだけで違うかも」
二人で話ながら入口に行くと正面にはかぼちゃを被った女性が待ち構えていた。
「あの女性がリリアで今回はかぼちゃ被ってるね。可愛い」
「ね! 可愛いな……あれでも良かったな」
「流石にでかいよ」
「確かに」
リリアランドを見て回りながらパンプキンマフィンを食べる。紫とオレンジの色をした包み紙にリリアが描かれていた。甘くて柔らかな食感を味わいながら運ばれてきたブラックリリーピザを口に入れる。小さくて可愛いピザだがボリュームはあってお腹いっぱいになった。
メリーゴーランドやコーヒーカップに乗っていたら夕方に近づいていたようで、私達はメインイベントの古城まで急ぐと混んでいてアトラクションに乗れそうにない。
「どうしようか」
「まだ時間あるから待とうか」
鈴蘭が待てるようなので私も並んで待つことにする。
恐ろしい見た目の古城だが今回はハロウィン仕様で変わっているらしい。
「普段から来てたら違いがわかったのかな」
「まだ今度行こうね」
私が頷くと前の人が動き始めた。
時間がかかると思っていたが一時間程度で私達はアトラクションに乗った。どこからか聞こえるガイドの女性が語る古城の歴史を聞きながら、物語の終盤で様々な架空の怪物達に私達は襲われていく。
悲鳴を上げて楽しんだのも一瞬で終わってしまった。
「もっと楽しみたかったね」
私の表情を見ていた鈴蘭が「そう? じゃあ、もう一度行く?」と言う。
「怖かったから嫌」
「だよね」
笑いながら歩くと人混みで肩をぶつけて私は頭を下げる。
「歩きにくいな……ん」
誰かと手が触れたと思ったら鈴蘭のものだった。
「楽しかったね」
鈴蘭に手を引かれながらリリアランドを後にした。
私も鈴蘭も人混みに疲れている。
そう思って車に乗り込んだのに途中でお腹が減ってきた。
流石にハロウィンコスチュームをしたままで食べに行くのはと思っていたが、付近にあるカフェに入ると私達と同じような人が椅子に座っている。
安心して席に座って注文をするとキッシュやシュークルートなどよく知らないものを食べた。こういうものは知らなかったが食べてみると案外美味しくて、お腹が空いていたこともあって鈴蘭も驚くほどのスピードで皿の上から消えてしまう。
随分遅くなってしまったが親には連絡を入れている。
今日は鈴蘭の家に泊まるので問題はないが、ちょっとだけ名残惜しい気持ちで「まだ遊びたいな」と言ってみる。
「それなら展望デッキに行こう」
冬が近づいてきて夜は少し冷えてきたが手を繋いでいると不思議と寒く感じない。
指を絡ませながら私は鈴蘭に体を寄せる。
ちょっと風が吹いて寒気がした。
「寒いでしょ」
「寒くないよ。だって」
私が鈴蘭の顔を見つめていると目が合った。
普段こんな格好をしていれば笑いそうなのに私達は無言で見つめ合うことしかできない。
すぐに夜の景色を見ようと私は目を逸らす。
「鈴蘭はこういうところって来たことあるの?」
「ない。普段なら通り過ぎるような場所だけど、二人で見たら変わるのかなと思って……」
「変わった気がする。あの遠くに見える光もなんだかロマンチックだもん」
「あの空にある星もね。綺麗だよ」
鈴蘭が指差す方向を見ながら笑い合うと私達は車に戻る。家に帰ってからは朝着ていた服にしようと私はコスチュームを脱ぎ始める。
「今日は楽しかったね! 明日から学校なんて信じられない!」
下着姿になって鈴蘭を見ると彼女はじっと私を見つめている。
無言で私に手を伸ばそうとする彼女に驚き、小さく悲鳴を上げるとベッドに押し倒された。
上から覆いかぶさってきた彼女は私の耳元で「まだ終わりたくない」と少々低くなった声で囁く。
体重をかけられて逃げられない。
昔一緒にホテルで寝た時までは大丈夫だった。
そして今も当時と変わらない関係だと思っていたこともあって油断していた。
「お風呂……汗がね」
首筋に吐息をかけていた鈴蘭は「ごめんね」とだけ言って離れる。
急いでお風呂に入る私はパニックになりながら体を洗う。
「多分……そういうことなのかな」




